北アルプスから富山湾へ流れる黒部川。2000年代後半、その河口海域の漁師たちは網にかかった魚が骨と皮だけになる被害を受け、危機に立たされていた。

黒部川の上流にあるダムにたまった土砂を排出する「排砂」が影響しているのではないか。そんなことが考えられていた中、“海の掃除屋”と呼ばれる「ヨコエビ」の被害も加わり、漁師たちはさらに追い込まれていく。

フジテレビ系列28局が1992年から続けてきた「FNSドキュメンタリー大賞」が第30回を迎えた。FNS28局がそれぞれの視点で切り取った日本の断面を、各局がドキュメンタリー形式で発表。

今回は第19回(2010年)に大賞を受賞した富山テレビの「不可解な事実~黒部川ダム排砂問題~」を掲載する。

前編では、排砂が始まってから起きた海の異変や漁師たちの苦悩について追う。

(※記事内の情報・数字は放送当時のまま記載しています)

漁ができない…漁師の叫び

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全国でも清らかな流れの川として知られる黒部川。富山湾に流れ込み、豊かな漁場を作ってきた。平地の沿岸はヒラメやカレイが生息し、底物と呼ばれる魚の漁獲量が多いことでも知られている。

ところが、2008年に取材をしにいくと、その海に仕掛けた網に骨となった魚や腹に穴の開いた魚がかかるようになり、漁師たちが首をかしげていた。原因は何なのだろうか。

網にかかった魚は腹に穴が開いていた
網にかかった魚は腹に穴が開いていた

ある漁師は「ひどくなったのは、流してからやっちゃ。流してからだんだん増えてよ。泥を流してよ、だんだん増えてきた」と語る。

黒部川の出し平ダムはダムの寿命を延ばすため、ダム内にたまった土砂を排出する作業を、連携排砂と呼ばれる方式で宇奈月ダムと同時に実施している。

この排砂は梅雨時期などの大雨に合わせて、毎年繰り返される。この仕組みのダムがあるのは、全国でも黒部川だけだった。

流される土砂は1回平均40万立方メートル。10トントラックで6万3千台分にも及ぶ土砂は、潮の流れで富山湾入善沖へと流されていった。

排砂により富山湾入善沖へ流される土砂
排砂により富山湾入善沖へ流される土砂

入善沖近くの入善漁港には、定置網と個人操業の漁師合わせて50人足らずの漁師たちがいた。

その一人、佐藤さんは入善沖を漁場にして、ヒラメやカレイを獲ってきた。ところがここ数年、刺し網漁が不振となり、タコ漁を細々と続けていた。

エサ袋にはぎっしりと「ヨコエビ」が詰まっていた
エサ袋にはぎっしりと「ヨコエビ」が詰まっていた

2008年冬、佐藤さんの漁に同行すると、空のカゴ網に仕掛けたエサ袋に「ヨコエビ」という小さな甲殻類が詰まっていた。

“海の掃除屋”とも呼ばれるヨコエビが異常に増えたことで、獲物のヒラメが食い荒らされるため、佐藤さんは刺し網漁を断念したという。

この状態が続けば漁師そのものを続けることができない。船には息子の名前を付け、継いでもらいたいと夢見ていたが、それもままならない状況だった。

県は黒部川の河口海域を含めた富山湾で、海底生物のモニタリング調査を実施。海底に異常がないか定期調査を行った。採泥器と呼ばれる装置を8つの定点に沈め、くみ上げた海底の泥の中にいる生物を調べていく。

しかし、大量にいたはずの「ヨコエビ」は見つからなかった。県が公表した調査報告では、「ヨコエビが見つかるのは数匹で、大量生息は確認できない」としていた。

「ヨコエビ」が魚を食い荒らしていた…

2009年5月、漁師らの要請によって海の中の実態を確かめるため、ダイバーが海底の様子を探った。

佐藤さんがかつて刺し網漁でヒラメを獲っていた漁場で、刺し網を海に仕掛ける時間、日没を待って夜の海にダイバーが潜った。

ダイバーが刺し網のロープを辿り水深17メートルまで潜ると、カレイがいた。さらに進んでいくと、網にかかったヒラメの死骸に無数の小さな生き物が群がっていた。

魚に群がる大量のヨコエビ
魚に群がる大量のヨコエビ

体長は1センチ足らずで活発に動き回っている。魚の体に開いた穴から出たり入ったり、尾ひれも食い尽くされていた。その生き物はエサ袋に入っていた、あの「ヨコエビ」だった。

さらに、進むと網にかかった魚にもまたヨコエビが群がっていた。魚はエラを動かしまだ呼吸していたが、網に引っかかったままヨコエビに襲われていた。

網にかかった魚に群がるヨコエビ
網にかかった魚に群がるヨコエビ

陸に上がったダイバーは「魚の表面に全部虫がついている感じ。こんなにたくさんは見たことがない」と、海の中で目にした光景の異様さを口にした。

そこで刺し網を引き揚げてみると、ヨコエビに食い尽くされた魚があがってきた。佐藤さんは「あの時以来ずっと続いている」とこぼした。

排砂が問題?国・電力会社が協議

佐藤さんが言う「あの時」は、ダムの底にたまった泥を流す排砂が行われるようになってからのことだ。この時から海がおかしくなったと漁師たちは疑っていた。

1991年12月に初めて排砂が非公開で行われ、1994年に本格排砂を実施。当時、ダムの宿命的な問題、排砂を解消する画期的な方法として注目を集めた。想定では流れ出るのは砂だけのはずだったが、土砂に混じった有機物が変質していて、ダム完成から6年でヘドロに変わった。

1992年9月に「第1回黒部川出し平ダム排砂影響検討委員会」が開かれ、ダムにたまる土砂の排出について話し合われた。

出し平ダムは排砂を前提とした全国初のダムで、関西電力は実験を繰り返しながら、ダム史上前例のない排砂のあり方を模索していた。

検討委員会の当時の会長は「出洪水時に排砂しようということにしたわけで、漁業者の方もある程度納得していただいた」と話している。

4年間の試行錯誤から、関西電力は「排砂は年1回」「大雨を伴う洪水時に行うこと」と示した。洪水時に行えば、自然に近くなるとの見解だった。

関西電力北陸支社の当時の支社長は「みなさんのご理解が得られることが前提にならなければならない。すべてそういう形で進めていく必要がある」と述べていた。

排砂のルールを公表すると同時に、関西電力が漁業団体に対して補償金を支払った。富山県漁業協同組合連合会に対して、初回排砂分として8億円、5回終了時に解決金の意味合いで約30億円、加えて毎年7000万円を支払う約束を交わした。

県漁連がこれまでに受け取った補償金は約50億円(当時)。以降、排砂に対して県漁連は口を閉ざした。

黒部川内水面漁業協同組合に対しても、アユやイワナなどの放流魚の補償として約4億円の補償金が支払われた。

そして今、暗黙の了解の中で黒部川のダム排砂は続けられている。漁師たちにも県漁連を通じて補償金が支払われたが、海への影響はほとんどないとして一人数万円から数百万円、1回きりの補償だった。

「影響はない」のになぜ魚が獲れない?

ところが年を追うたびに海に変化が表れ、刺し網漁で魚がさっぱり獲れなくなった。

そこで2002年12月、出し平ダムの排砂が原因と申し立てるが、関西電力は一切取り合わず、佐藤さんらは富山地裁に裁判を起こした。

これを受け、関西電力北陸支社の担当者は「特に大きな影響はないということで排砂している」と話し、裁判に関しては「内容を見ないとできない」とコメントを控えた。

裁判を起こしたのは現場の漁師とわかめ組合。裁判を起こした理由について、「今の状態では、富山湾が危ない。危機感と関電に対して怒り心頭に達した」と提訴会見で語った。

2008年11月、富山地裁では排砂と漁業被害の間に因果関係があるかどうか、その一点で争われた。

漁師側は10年に渡る排砂で漁場が荒れ、漁獲量が減少したと主張し、排砂の差し止めなどを求めた。これに対して関西電力側は、排砂の影響は自然な出水と特に異なるものではないと反論。

6年に及ぶ審理の末、地裁は排砂の影響で生育が鈍ったわかめにヨコエビが付いたと排砂との因果関係を一部認めた。しかし、ヒラメなどの漁獲量に対する影響は認めなかった。

海への影響はないとする関西電力は、排砂前の状況と客観的な比較を十分に行わず、被害の仕組みを明らかにしないまま因果関係を認定したのは誤りとして、控訴。

漁師側も被害を受けているのはわかめだけではなく、ヒラメやカレイも被害に遭っていると控訴した。

排砂は川や海にどんな影響を及ぼすのか。提訴から8年経った2010年、裁判所もまだ結論を出せないままでいた(その後、2011年4月名古屋高裁で行われた控訴審で漁師と関西電力の当事者間に和解が成立し、終局)。

後編では、漁師たちを襲う「ヨコエビ」の生態の研究やなぜ黒部川河口の東側だけにその現象が起きているのか、を探っていく。

(第19回FNSドキュメンタリー大賞『不可解な事実~黒部川ダム排砂問題~』富山テレビ・2010年)

富山テレビ
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