オミクロン株は東京や大阪、京都などで相次いで「市中感染」が確認され、人の移動が増える年末年始に向けて感染拡大が懸念されている。

インタビューした国立感染症研究所の俣野哲朗エイズ研究センター長は東大医学部を卒業後、30歳で整形外科医から基礎ウイルスの研究者に転身、日本エイズ学会会長も務めるなど日本のエイズ研究の第一人者で、新型コロナやエイズのような無症状の感染者からの「見えない感染拡大」について、いち早くその脅威を指摘してきた。

実際の市中感染はさらに多い 今後の後遺症も警戒

ーーオミクロン株の市中感染が広がっています

これ自体は多くの専門家が想定していたことで、慌てる必要はないと思います。実際の市中感染は今、報告されている数よりも相当多いと考えていいと思います。

新型コロナウイルスは変異を繰り返していますが、デルタ株もそうでしたが伝播力が強いものが選択されてきました。そういう意味では伝播力が強いウイルスになっていることは確かですが、その上ワクチンによる抗体が効きにくくなっていることも問題と考えられています。

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ーー世界的にもオミクロン株は重症化しないとも言われていますが

多くの専門家が言うようにまだ判断するのは早いと思います。ウイルスにとっては広がりやすい、免疫を逃れやすいということが重要で、結果として重症化しやすいものやそうでないものがでてきます。また世界的にワクチンの2回接種が進んでいる中で、ワクチンによって重症化が抑えられているという側面もあります。

一方で新型コロナについては後遺症が懸念されていて、このメカニズムはまだ解明されていません。オミクロン株が後遺症にどう影響するのかもみていく必要がありますが、まだ情報がありません。

ワクチンが効かない新たな変異株を懸念

ーー今後、別の変異株がでてくる可能性は

我々が危惧しているのは、今までは伝播する力を強めることがウイルス変異の理由だったわけですが、ワクチンによる抗体が効かなくなる変異を懸念しています。

デルタ株までの変異は前のウイルスをベースにしていてある程度予測でき、もうこれ以上の変異はないという考え方もありました。ところがオミクロン株は根本的な構造が違っているところがあります。次のウイルスも同様の変異の可能性はあり、伝播力の強い方に行くのか、ワクチンが効かない方に行くのかはまだ分かりません。

ーー変異がおきるとすれば海外からでしょうか

ウイルスの変異というのは、ウイルスが増殖しているところでおきます。そういう意味では日本でおきる可能性は低く、やはり感染者が増えている欧米、アフリカなどでの変異が懸念されます。

海外での感染拡大の状況は2つあって、例えばイギリスではワクチン接種率は高いが、マスクをしないなど行動制限のレベルが低い。一方、アフリカなどにはそもそもワクチンの接種率が低く、感染拡大を抑えられない国もあります。

ーー日本は世界に比べて感染は抑えられています

やはり感染対策に多くの国民が団結して臨んでいるということですね。ワクチンの接種率が高いだけでなく、マスクの着用というのが飛沫感染を防ぐ意味でもとても大きいと思います。街中や電車でもほとんどの人がマスクをしています。こういう国はほかにはないでしょう。

PCR検査はエイズの研究から考え出された

ーー一連の新型コロナ対策にはエイズの研究が寄与したと言われています

まずPCR検査はエイズの研究から考え出されました。そのノウハウが日本でも引き継がれてきたので、導入はスムーズにいきました。またワクチンに関してもメッセンジャーRNAなどはエイズ研究が土台になっていて、アメリカのファウチ博士ら新型コロナ対策にあたっている専門機関には多くのエイズ研究者がいます。
 

ーー日本はワクチンや治療薬が海外頼みという状況が続いています

日本は衛生状況が良く、国民に感染症に対してこれまで大きな危機感がなく、対策のための態勢や予算など十分ではありませんでした。新型コロナのワクチンもそうですが、ワクチンは100%安全ということはなかなか言えません。新型コロナを経験していることで、感染症のリスクとワクチンの効果を比較したときにどちらを選択するかなど社会の考え方も徐々に変化していると思います。

今後は今回の経験などを踏まえて、起きるかどうか分からない未知のリスクに対する予防・対応態勢を拙速にならず、じっくりと作っていくことが大事だと思います。

2021年8月 ワクチン接種に並ぶ若者たち 東京・渋谷
2021年8月 ワクチン接種に並ぶ若者たち 東京・渋谷

ーー政府はワクチンの3回目の接種を進めています

感染拡大が切迫している欧米では3回目接種の推進は仕方がないと思います。日本でも感染拡大の抑制という観点で、医療関係者への接種が推奨されています。ただ2回の接種で重症化の予防効果はあるので、全員が慌てて打つ必要は今の感染状況をみればありません。慌てることなく、状況を見ながら効果的なタイミングで接種を受けることが必要だと思います。

コロナ禍はいつまで?

ーーこのコロナ禍はいつまで続くのでしょうか

私たちは当初は長くても5年と思っていましたが、今は言い切れません。現在のワクチンは感染を完全に阻止するものではなく、感染した人が出すウイルスを減らす効果しかありません。感染を阻止するワクチンの開発が期待されます。

ーーこれから年末年始を迎え、帰省や旅行、飲食の機会も増えます

まずこれまで通り、マスク着用などの感染対策を続けることですね。今の水際対策はもう少し緩和してもいいと思いますが、現在行っている病院の受け入れ態勢の強化は重要だと考えています。経済活動とのバランスもあり、国内の移動などは今の時点でさらに強化する必要はないと思いますが、今後、感染が拡大した時に新たな対策が決まればそれを皆が実践することが重要だと思います。

国立感染症研究所 俣野哲朗エイズ研究センター長
国立感染症研究所 俣野哲朗エイズ研究センター長

取材を終えて

2020年1月に日本で新型コロナウイルスが確認されてから丸2年になったが、まだこのウイルスとの闘いの終わりは見えていない。エイズの症例が初めてアメリカで報告されてから今年で40年となるが、俣野氏を始め世界中の研究者がコロナウイルスよりさらに複雑でやっかいなエイズを発症するウイルス・HIVと向き合い、HIV陽性者のエイズ発症を抑えられる段階まで進んできた。その40年の成果が無症状者から感染するという同じ特性を持つ新型コロナとの闘いで大きな武器となった。

多くの研究者の地道な研究と成果が、感染症パンデミックを人類が乗り越えるための知恵となっていることを忘れてはならないと思う。

【執筆:フジテレビ 解説委員室室長 青木良樹

青木良樹
青木良樹

フジテレビ報道局特別解説委員 1988年フジテレビ入社  
オウム真理教による松本サリン事件や地下鉄サリン事件、和歌山毒物カレー事件、ミャンマー日本人ジャーナリスト射殺事件をはじめ、阪神・淡路大震災やパキスタン大地震、東日本大震災など国内外の災害取材にあたってきた。