新型コロナをリスクコミュニケーションの観点から分析している早稲田大学政治経済学術院の田中幹人教授に話を伺いました。

田中教授は科学ジャーナリズム論が専門で、厚労省の新型コロナ対策アドバイザリーボードメンバー。政府の新型コロナ対策分科会の尾身茂会長らと専門家による積極的な発信を行っています。

「メディアイベントの両立」という意味で日本は失敗した

早稲田大学政治経済学術院 田中幹人教授
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ーーオリンピック後も感染拡大が続いています

新型コロナはスロー・ディザスター、ゆっくり型の災害です。1年半以上にわたる災害の中で「慣れ」が生まれ、有効な対策が取れていません。そこに矛盾したメッセージが加わることで、さらに緩んでしまったと感じています。

メディア論の分野ではオリンピックや戴冠式、ロケットの打ち上げなどは事前に準備されフォーマット化された「メディアイベント」として研究されてきました。一方で地震・津波などの災害やアメリカ同時多発テロ、オウム真理教事件などは「破滅型のメディアイベント」と言われています。

新型コロナは後者にあたるわけですが、普通に考えてもオリンピックの祭典と新型コロナの感染対策という異なる種類のイベントを同時に行うことは、政府にとってもメディアにとっても、そしてその矛盾したメッセージの影響を受ける市民にとっても、「あぶはち取らず」になる可能性が非常に高い選択でした。

例えばすでにSNSなどでも声があがっているように、人にはそれぞれ大切なものがあります。インターハイを目指してきた学生、夢だった自分の飲食店をやっと持てた人々に「オリンピックをやっているのになぜ自分は我慢しなければならないのか」という至極もっともな理由付けを提供し、最後の一押しになってしまった面はあります。だからこそ専門家集団としては警告してきましたが、率直に言えばメディアイベントの両立という意味で日本は失敗したと思います。

「メディアイベントの両立という意味で日本は失敗した」

ーーオリンピック期間中のメディアの情報発信は?

私たち(新型コロナ専門家有志の会)の呼びかけに応え、これまでとは異なる報道にしようと工夫されたメディアの方々がいたのは知っていますし、その努力には敬意を払います。

ただ総体としては、メディアも感染対策の呼びかけを徹底できたかというと難しい部分がありました。例えば競技会場近くの路上などで多くの人々が応援していましたが、それを報ずることでまた人々を呼び込むようなことも起こってしまった。「警察や警備員の呼びかけに応じない群衆」という光景は報じられていましたが、そこにメディアとしてどう向き合うのかというポリシーは見えなかった。オリンピック中継でも感染状況をリアルタイムで伝えるL字画面を入れ続けるなど腹をくくった対応はできていなかったと思います。

菅首相から欲しかったのは「この矛盾にどう向き合うのか」

ーー菅首相は「安全安心の大会にする」と発言してきました

やはりポリシーがはっきりしないままズルズルと来たのが一番良くないと思います。例えばアメリカのトランプ前大統領やブラジルのボルソナロ大統領のようなコロナ軽視にみえる極端なポリシー、逆にニュージーランドのアーダーン首相は「国民を絶対に守る」というポリシーを示し、それぞれに議論がなされています。しかし「日本は結局、何をしたいのかが見えない」ということは海外の専門家からもよく言われます。

今回のような状況でトップから出して欲しかったのは、安全安心という精神論や、ワクチンという個々の施策よりも「この矛盾にどう向き合うのか」ということでした。結局分からないまま、なし崩し的な状況が政府から市民まで通底していました。

人流については前回の緊急事態宣言後ほどは減っていないというデータもあるし、ワクチン接種の先行きも見えていない状況で、はっきりとした主張がなく、大きな戦略をうまく打ち出せていません。これは政府与党に限らず野党も同じでした。
 

ーー感染拡大が続く中、パラリンピックが始まります

まだパラリンピックをどうするかのポリシーを出せるタイミングです。例えば感染や暑さからアスリートを守るために秋まで延期するなどのメッセージが出れば、それは同時に緊張感を持って受け止められます。あくまで感染対策をどうするかという強いメッセージを軸に据えながら、パラリンピックの開催時期についてのメッセージを出してほしいと思います。

オリンピックは無観客でやっても、結局、感染は広がってしまったわけで、そこを切り離さず、まずちゃんと受け止めるところからだと思います。
 

「副反応で不妊になるのは嘘です」では足りない

ーーコロナ禍が1年半以上続き、危機感も薄れて見えます

これは難しい問題です。いわゆる「脅しのメッセージ」は効かない、というのはリスクコミュニケーションの原則です。瞬間的には効いても慣れてしまう。

専門家が示しているデータが示す大きな将来予測を丁寧に伝えることももちろんですが、いま足りていないのは、人々が自分ごととして考えられるエピソードです。メディアには「後遺症を経験している感染者の現状」や「ワクチンを打てない、打たないという葛藤」などの事実に即した、具体的で多様なエピソードをドキュメンタリーなどでしっかり伝えてほしいと思っています。これらは多数には届きにくくとも、届いた人には深く刺さり、考えるきっかけになるからです。
 

ーー「ワクチン接種で不妊になる」などの偽情報について

調査や聴き取りをしていると、ワクチンを不安に感じる人は必ずしも知識が足りないのではなく、逆に多くの人が詳しく勉強しています。最初は厚労省のサイトなどで知識を得ようとするが、さらに我がこととして深く知ろうとして偽情報にたどりついてしまうケースもあります。

こうした議論を研究している立場からすると、陰謀論は結局、社会不安の鏡です。社会が安定していればほぼ起こらない。先の見えない状況で何とかこの状況を整理して把握したいという人々の努力が、かえって陰謀論を育てている部分があります。

厚労省ホームページより

メディアが偽情報について報じるときも「副反応で不妊になるのは嘘です」では足りない。信じているものを頭ごなしに否定しても変わりません。たとえば「情報の伝言ゲームの失敗が偽情報になっていく」といった、偽情報についての合理的で丁寧な説明を伝えることがとても大事です。そうすれば陰謀論にはまりかけた人も「うっかりだまされた」と言いやすい状況になります。

人は自分についての選択できるリスクは比較的、冷静に対応できますが、母親が子供を心配するように、大切に思う相手にリスクがふりかかるとものすごく不安になります。東日本大震災の福島第一原発事故のあと、子供の健康被害に多くの人がセンシティブになりましたが、守ってあげなければならない相手がリスクにさらされると怖くなるのは当然です。

ですから非合理でおかしな判断だと決めつけずに、相手の合理性にまず耳を傾けるコミュニケーションが大切です。対話をしていると「なるほどこの人にはこういう判断に至る背景があったのか」という気づきも多い。メディアも陰謀論についてはきっぱりと否定した上で、ワクチン接種をした妊婦がどのように判断したのかの経緯、接種することを迷っている人の葛藤などを取り上げることで、結果的に人々が考えるきっかけを提供できるはずです。
 

接種を受けないという選択肢も受け入れて一緒に考えてみる

ーーワクチン接種をしないことの合理性とは

例えば今の若者が「感染しても重症化しにくいのに副反応が重い」と受け取っているのであれば、わざわざアクセスの悪いところまで行って接種し、副反応に耐えるインセンティブがないと感じるのは合理的とも言えます。一方、大学で集団接種の機会を設けるとあっという間に8割くらいが接種を受けます。大学生だと単位取得や卒業への必要性やサークルの人間関係のインセンティブから接種しようと思うわけです。

ここにはより健全なリスクコミュニケーションの機会があります。例えばサークルで接種できない人がいればどうやってサポートするかを皆で話し合う。人間には他人のために役立ちたいという利他的な面があるので、これが最後の一押しとなり、迷っていた人が接種することもあります。

ーー大学や家族のコミュニティに属さない人もいます

はい、だからこそどうやって大学生などの属性でくくれない人たちを取りこぼさず、フォローしていくのかがポイントです。これには、逆説的ですが社会的弱者の声を聴くというアプローチも有効です。例えばイギリスでは去年4月の時点で「コロナ対策はこうあるべきだという私達の声を聞いてほしい」と特定の疾患がある人たちやNPOからメッセージがでて、公的機関もとりまとめました。バリアフリーのように、不自由な人が便利になれば皆が便利になるという考え方です。

こうした公的機関による情報収集と公開は、社会の議論を落ち着かせる意義もあります。例えば以前のホテル療養について、ネットでは食事などへの不満が目立ちましたが、東京都が療養者に聞き取りを行ったら「周囲に気を遣わなくて良かった」「いざとなったらワンコールで医療につながる安心感があった」など満足している回答も多かったのです。こうした肯定・否定も含めた声を集めての情報公開も、人々のより良い判断につなげるチャンスです。

接種を受けないという選択肢も受け入れて一緒に考えてみる、そこから始めないとうまくいかないところがあります。私も副反応はそれなりに辛かったので、もしこの先、変異株が出るたびに接種しろと言われたら勘弁してよ、となるかもしれません。

この面倒くさい副反応を誰がどう引き受けて社会防衛をしていくのか、市民の声を届け、考えていく必要があります。国民に響くメッセージを考えてくださいと言われることもありますが、それらはどうしても場当たり的な対応で長続きしません。対話を通して互いが学んでいくことがリスクコミュニケーションの基本です。
 

「ワクチン一点突破」という考え方はやめたほうがいい

ーー偏見や差別による社会の分断について

感染拡大が始まった当時、感染源になりやすい場所が見つかっていたことは事実でした。ただ小池都知事が「夜の街」と言って報道されたとき、その時はすでに「夜の街」が一番進んだ感染対策をしていました。その対策情報までをセットで社会が共有できなかったことへの反省を持つべきだと感じています。

最近は「飲食店叩き」という印象が強まっています。残念ながら今は複数人での会食はとにかく避けるべき状況です。ただもう少し感染状況が落ち着いたら、飲食店やカラオケのクラスターからも学べることはあります。「大きなクラスターが起きても不思議はなかったが、少人数の感染で済んだ」といった事例を広く共有することで、感染発生をレッテルや烙印でなく、学びの場に転換していくやり方はあると思っています。
 

ーー現状と今後の感染状況、その対策は

今現在はこれまでにない厳しい状況で、ここを乗り切らないと先が見えません。去年4月くらいの人流を減らすなどの対策を実行できるといいのですが、まだできていません。ウレタンマスクはやめて不織布以上のマスクにする、手指衛生に努め、三密を回避するといった基本的な感染対策は当然として、人々が今の外出頻度をさらに半分に減らすくらいの対策が求められています。

外出頻度をさらに半分に減らすくらいの対策が求められる

これは誰にとっても大きな課題ですが、宿題を先に延ばせば延ばすほど問題が大きくなることは、誰もが痛感していると思います。去年4月の緊急事態宣言をもう少し延ばして厳しい水際対策もやっていれば、今は相当、楽だったかもしれません。対策が中途半端になればウイルスに変異のチャンスを与えてしまうし、後悔を繰り返すことになります。

さらに対策を先延ばししていけば、ラムダ株などのようにウイルスがだんだん変異を繰り返していって、ワクチンの有効性がじりじりと下がっていき、また新たなワクチン開発と接種をしなければならないという「いたちごっこ」が続くことにもなり得ます。

ニュージーランドのようにロックダウンやテレワークの徹底で押さえ込むという考え方もあり、ロックダウンなどの議論も早く、しかし丁寧にやるべきだと思っています。ロックダウンの議論はどうしても厳しいほうに流れがちですが、後で振り返ってやり過ぎたということになってはいけません。一方で、ここまでほぼ「お願いベース」だけで民主的に感染対策を進めた国は珍しく、それは評価すべき面もあると思います。

私は感染症の専門家ではありませんが、科学技術と社会がどのように関わり合ってきたかの研究をしている立場で、スペイン風邪など過去の歴史にならうのであれば、3年ぐらいで日常が戻ってくることを期待したい。しかし100年前と比較すれば、ワクチンのようなテクノロジーがそれより早く終わらせることができるかもしれませんし、一方で飛行機や車といった交通手段のように、長距離の人の移動を通じて感染拡大に大きく寄与してしまうテクノロジーもある。こうしたテクノロジーの押し上げ効果と押し下げ効果でもっと時間がかかる可能性もあります。

一般論として過去のウイルスは、感染拡大とともに生き残るために徐々に弱毒化しました。ところが新型コロナウイルスは拡大し続けると同時に、毒性も良くない方向に変化し続けています。長期的には弱くなることを期待しますが、いつまで感染が続くのか今は分からないし、「ワクチン一点突破」という考え方はやめたほうがいい。科学に限らず、あらゆる問題がそうですが、一つの要素だけでの解決はありません。テクノロジーに限らず、社会や法制度、倫理も含めた広い議論がますます必要になっています。

ーー専門家としてこれからの取り組みは

リスクコミュニケーションの目的は「私たちはどのような社会に生きたいのか」という公共の議論を手助けすることです。そのためにはリスク情報の発信の手伝いだけではなく、これまで話してきたように市民との対話を重視し、それを政策決定者も聴いて変われる取り組みを進めたいと考えています。対話の場ではいろいろな批判も頂きますし、効率は悪いかもしれませんが、誰にとっても学びが多く、また最終的に大きな価値を生み出すと考えているからです。

私たちがコロナ禍の中でどのように生きていくのかは日本社会の決断です。市民との対話を通じてその機運を喚起していきたいと思っています。ほかの専門家の皆さんともさまざまな取り組みを始めていますし、最近は東京都や厚労省、内閣官房の方々も耳を傾け始めてくれているので望みを持っています。

取材を終えて

田中教授には新型コロナ専門家有志の会との意見交換を通じて、メディアの報道姿勢やその中身について足りていない部分の指摘を受け、気づきをもらったこともありました。インタビューでは政府やメディアの情報発信、偽情報対策、偏見や差別、今後の見通しなど幅広く聴きましたが、感染症対策とは違った視点での貴重な意見で、分量は多くなりましたが対話のきっかけにしていただければと思います。

【執筆:フジテレビ報道局 解説委員室室長 青木良樹】