読者の皆さんはいわゆる「性的同意年齢」という言葉を聞いたことがあるだろうか。性行為に同意できる能力を有する年齢だ。日本では法律で13歳となっている。

13歳未満の子供に対するあらゆる性的行為は犯罪に問われる。しかし13歳になったその日から「性的に同意する能力がある」とされる。もしその行為が「真摯な恋愛」とみなされれば行為をした者は罪に問われないことさえある。この年齢が長い間議論の的になってきた。

13歳といえば小学校を卒業して間もない、まだまだ幼さの残る年齢ではないだろうか。自分の子供を、自分が13歳だった頃のことを思い浮かべてみてほしい。体は大きくなってきてはいても、物事を考える力も知識も、大人とは比べることはできないだろう。そんな年齢の人に「性についての同意能力があるとするのはおかしい」との声は、ずいぶん前からあった。私もはっきり言ってそう思う。

「子供が守られる優先順位が低い」

弁護士の上谷さくらさんとはメールで繋がっていたが、ようやく会って話を聞くことができた。

「この社会は子供が守られる優先順位が低いんです。結局それって大人の欲望を守るための理屈なんじゃないかとさえ感じてしまうんですよ」

憤りを隠せない様子でこう言った。

上谷弁護士は、2020年法務省が設置した「性犯罪に関する刑事法検討会」の17人(うち議長1人)の委員の1人だった。

約1年後の2021年6月、16回を数えたこの検討会が「取りまとめ報告書」を提出し解散した。上谷弁護士は委員という立場上、開催中はメディアへの積極的な発言は控えていたが「もうこれからはどんどん発言していきます」として私の取材を受けてくれた。

島田アナウンサーのインタビュー取材に応じる上谷弁護士(右)
島田アナウンサーのインタビュー取材に応じる上谷弁護士(右)
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積み残されてきた課題

「性犯罪に関する刑事法検討会」
一体なにを検討する会だったのか。

4年前、110年ぶりに刑法が改正された際も「性的同意年齢」問題は積み残された。そしてその1年後に法務省が設置した「性犯罪に関する刑事法検討会」で検討課題の一つとして議論されることになったのだ。

年齢はどうなるのか。引き上げるのか。

2020年12月、私は上川陽子法務大臣(当時)にインタビュー取材をすることができた。上川氏は法務大臣として検討会に対しては中立の立場だが「積み残しだ。このままではいけないと思っている」と、私の目をしっかりと見てはっきり述べた。

2020年12月上川陽子法務大臣インタビュー(当時)
2020年12月上川陽子法務大臣インタビュー(当時)

私は、実を言うと今回の検討会で引き上げの方向でまとまるのでは、とかなり期待を抱いていた。ところが・・・。

2021年6月、検討会が公表した「取りまとめ報告書」。

「いわゆる性交同意年齢の在り方 暴行・脅迫や被害者の同意の有無を問わず強制性交等が成立する年齢を引き上げるべきか」の部分を読むと、引き上げるべきとの意見もあり、そうでないという意見もある、というような両論併記であった。

引き上げに反対する委員は、本当に13歳からそのような判断ができる能力を持つようになると、信じているのだろうか?

アイロニーでもなんでもなく素朴に疑問がわいてくる。

被告人が増えることへの抵抗

そんな私の質問に上谷弁護士は次のよう答えた。

「刑事弁護の立場の委員は明確に引き上げに反対でした。被害から守る法律を作る、ということはその分被告人(犯罪の容疑者)が増えるということですよね。そこに抵抗を感じるのではないかと思います」

議論の中で刑事弁護の委員からは次のような発言があったと言う。

「『性犯罪被害者については本当に可哀そうだとは思うが、犯人を処罰したからって救われるわけではない。性教育の充実や被害者回復に力を入れることで被害者は救われるべきだ』って言うのです。刑法には、『補充性の原則』があり、平たく言うと、刑罰を与えるしか方法がない場合にだけ処罰する、というものです。その考えを反映した意見です。私はこれには憤慨しました。性教育の充実や被害者の回復に力を入れることはやって当たり前のこと。それとは別に『犯人がきちんと裁かれる』ということが被害回復にとても重要なんです。まるで、性暴力というものは刑罰とする必要がないというメッセージにも取れてしまう」

意外にも知られていない被害実態

検討委員会はそれぞれの立場から選出された人で構成される。性被害の当事者も今回初めて検討会に入った。被害者支援の立場の人たち。臨床心理士。弁護士。刑法学者。裁判官、検察官、警察など庁を代表して出てきている人たちはあまり個人的な意見を言えないものだという。また法律を扱う仕事の委員でも刑法学者たちと上谷さんのような弁護士とでは捉え方の違いがあると説明してくれた。

「学者さんは今回6人いて、『自分がいかに被害実態を知らなかったのかよくわかった』とおっしゃった方もいました。また『被害実態があるのであれば文言を決めるのが大変だ、とか、犯罪であるものとそうでないものの線引きをするのが大変だ、とか、そんなこと言ってる場合じゃない。大変でも何とかしなくちゃいけない』と言ってくださった方もいた。学者さんがそんな風に言ってくれるようになったんだなぁ、ととても嬉しく感じました・・・でもね」

再びため息をつく。

「子供の性的行為の自由」は大人の理屈

「刑法は、犯罪者になるかならないかの境目を決めるものですから、明確でなければいけないということは当然私も理解していますし、検討会に出ていた方々もみな当然理解しています。」

そのうえで、と続けた。

「子供を、若年者を性犯罪から守ろうという趣旨の検討会の中で、なんで(13歳との)『真摯な同意があり得るからその権利は保護しなくてはならない』という話になるのか、私は本当に理解できません。議論のなかでは『子供の性的行為の自由』という意見なんかもでました」

「被害者が救われない世の中はおかしい」と主張する上谷弁護士
「被害者が救われない世の中はおかしい」と主張する上谷弁護士

立憲民主党の男性国会議員(当時)が党内の勉強会で、「50代の自分が14歳の子と恋愛したうえで性行為をしたら罰せられるのはおかしい」と発言したのは記憶に新しい。 この議員の発言を多くの人が「おかしい」と感じたからこそ騒ぎになり、当該議員は結果として辞職にまで追い込まれた。13歳の性交の自由を守ろうと主張する刑法学者には、こういった多くの人の「おかしい」という声はどう聞こえているのだろうか。

「そもそも子供はそういった状況に陥るとき『真摯な恋愛』と思い込まされて、搾取されていることが山ほどあるんですよ。実際、13歳、14歳の女の子たちがどれほど易々と大人に騙されているか。そういう現実をもっと考えてくださいと(検討会で)言ったのですが・・・結局『子供の性的行為の自由』って、大人の欲望を守るための理屈ですよね、私はそう感じます」

被害者が救われない世の中

上谷さくら弁護士はもともと新聞記者として社会人生活をスタートさせ、事件取材などを担当していた。当時は犯罪被害者に法廷での発言権もない時代だった。検事に「おかしくないですか」と聞くと「法律がそうなってるんだから仕方ないじゃない」という答えが返ってきた。

被害者が救われない世の中はおかしい―――

上谷さんを突き動かす変わらぬ動機だ。

一念発起して弁護士資格を取得。弁護士の仕事を始めてから徐々に性犯罪の仕事が多く来るようになり、日増しに増えていった。

「それこそ来る日も来る日も性犯罪被害者の仕事でした。なぜって、弁護士はだいたい加害者の弁護をする人が多く、さらに女性弁護士の人数も少ないからです。今もそうですが」

次々持ち込まれる性被害の実態。本当にひどい目にあった被害者に、不起訴になったと伝えるとき上谷弁護士はいたたまれない気持ちになるという。また、被害者がその後も苦しむPTSDとはこんなに酷いものなのかと知ったと語る。

特に、子供達が性被害に遭いながらも起訴すらできずに涙を飲んだケースを嫌と言うほど見てきた。なぜ子供達に対する性暴力が時に罪に問えず、被害者である子供や家族だけが苦しまなくてはならないのか。加害者は何もなかったかのように、日常生活を過ごしているのに。法律の問題点、抜け穴をなんとかしたい、法律を変えなくては被害者ばかりが苦しむ状況は終わらないのではないか。そう思い始めた。

法律をどう実態に近づけるか

だって、おかしいじゃない―――私のインタビュー中、何度も口にした上谷弁護士。

実態にそぐわない法律をどう実態に近づけ、被害者を救う道を作れるのか。上谷弁護士はその思いで検討会に臨んだのだった。

それから約1年間、16回の議論のなかで実態を訴え続けた。しかし結果は「両論併記」―――

「率直に言って、残念です」

上谷弁護士は静かな、しかし熱を帯びた口調で締めくくった。

「でも、議長を除いた委員16人のうち半数以上は引き上げに賛成だと感じました。あとは世論です」

上谷弁護士によると、検討会や法制審議会などで仮に「同意年齢引き上げ」になったとしても最後の最後に国会で「NO」となったら難しいのだと言う。

「そのような事例はたくさんあります。例えば『LGBT法案』なんかもそうだったじゃないですか。」

LGBTの人たちへの理解増進に関する法案提出に関しては、与野党での実務者合意まで至っていたのが、自民党内の保守派が強い懸念を示し、結局先の国会への提出は見送られ、棚上げされることとなった。日本の性的マイノリティに関する法整備は国際的にも立ち遅れている。

「逆に、『教員免許』の件では(わいせつ行為をした教員の免許の再交付拒否は)内閣提出立法だと難しかったが、議員立法により国会で成立した。結局立法なのです」

だからこそ「13歳はおかしい」と、国民が声を上げてほしいと上谷弁護士は訴える。

上谷弁護士とのインタビューからしばらくして、総理が変わり、法務大臣も変わった。

上川陽子前法相が諮問した法制審議会は10月27日初会合が開かれた。上谷弁護士によると半年以上はかかりそうだと言うことだ。

政治は苦しむ人たちの声に耳を傾けよ

今も、法で守られず苦しんでいる被害者がいる。自分の、あるいは身近な子供がいつ被害に遭うかも、誰にもわからない。スピード感を持って法律を実態に即したものにしてほしいと、思う。

政治は、どうか苦しむ人たちの声に耳を傾けてほしい。

子供が守られる国、子供が守られていると感じられる国に早く、なってほしい。

―――だって、おかしいじゃない。

性犯罪に関する法律の更なる改正があるのかどうか、今後も継続してお伝えしていきたい。

【執筆:フジテレビアナウンサー 島田彩夏】

島田彩夏
島田彩夏

人の親になり、伝えるニュースへの向き合いも親としての視点が入るようになりました。どんなに大きなニュースのなかにもひとりひとりの人間がいて、その「人」をつくるのは家族であり環境なのだと。そのような思いから、児童虐待の問題やこどもの自殺、いじめ問題などに丁寧に向き合っていきたいと思っています。
「FNNライブニュース デイズ」メインキャスター。アナウンサー兼解説委員。愛知県豊橋市出身。上智大学卒業。入社以来、報道番組、情報番組を主に担当。ナレーションも好きです。年子男児育児に奮闘中です。趣味はお酒、ラーメン、グラスを傾けながらの読書です。