東日本大震災から10年が過ぎた岩手・陸前高田市で、10月9日に2021年国内で最大規模となる花火大会が開かれた。
この花火大会が実現した裏側には、震災後に移り住んだ男性の熱い思いがあった。

ボランティア活動から陸前高田市に移住

10月9日、陸前高田市で開かれた「第1回三陸花火競技大会」。
来場者は約1万2,000人。全国23の花火会社が腕を競い合う、2021年国内最大規模の花火大会となった。

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その2日前、市内で慌ただしく準備に追われる男性の姿があった。大会の実行委員長・浅間勝洋さん(40)。

三陸花火競技大会実行委員長・浅間勝洋さん:
もうやることやるだけですよね。なるべく100点に近づけるため、残った時間でみんな頑張っているみたいな感じなんで

神奈川県出身で、スタイリストや写真家のマネジメント会社を営んでいた浅間さん。「この仕事を被災した人のために生かしたい」との思いで、震災直後から父親の出身地・陸前高田を中心にメイクを施すボランティア活動を開始した。

多くの人に笑顔をもたらした浅間さんは、2019年に陸前高田に移住した。

三陸花火競技大会実行委員長・浅間勝洋さん:
(陸前高田市に)来ているうちに、こちらに友達とかたくさん増えてしまって「来ちゃいなよ」「来てくださいよ」という声がいっぱいあって、それで来ました

“街”のために花火大会を決意

いまも復興道半ばの陸前高田。移住したことで、街が直面する課題が見えるようになったという。

三陸花火競技大会実行委員長・浅間勝洋さん:
「若い人が住みたくなる街」というものを作っていかないと、結局少子高齢化は止まらなくて。観光として色んな人に来て頂けるような、新しい魅力を作るということもすごく大きな課題

「若者が活躍する場所と人が集まる街を作りたい」そう考えた浅間さんは、2年前にボランティア活動を通じて知り合った山梨県の花火職人・齊木智さん(53)の提案で、震災から10年の2021年に花火大会を開くと決めた。

三陸花火競技大会実行委員長・浅間勝洋さん:
(震災から)10年は、全国や世界から注目してもらえるタイミングだと思っていた。なんとかここで、第1回目の人が集まるイベントをやりたいという強い思いがあった

左:浅間勝洋さん 右:齊木智さん

2020年からのコロナ禍で活躍の場を失っていた齊木さんだが、準備に力が入る。

花火会社マルゴー・齊木智社長:
(陸前高田は)立地条件がすごくいいのと、バック(海側)が真っ暗なので、黒い画用紙に花火で絵を描くような、花火を見せる場としても色々整ってるなと感じて、花火師冥利に尽きる

浅間さんは花火大会の開催に向け、2020年に地元の若者を中心とした40人の実行委員会を結成。

メンバーはみな運営未経験者だったが、浅間さんは2020年10月と2021年5月にプレイベントとなる花火大会を開催した。来場客への対応や交通規制などのノウハウを蓄積できたという。

三陸花火競技大会実行委員長・浅間勝洋さん:
去年のプレ大会がないと、今年の第1回もないですし、関係者とか街の人たちの思いも乗せた花火大会なので、最高に楽しんでもらえればと思う

実行委の若手:
(浅間さんに)全国に発信するイベントを企画して頂いたので、高田市民の1人として感謝してます

やって正解だった花火大会

会場となったのは2020年に完成した高田松原運動公園。花火の打ち上げ前から、出店やステージイベントを楽しむ人々で賑わった。

高田松原運動公園でイベントを楽しむ人たち

市民:
色んなところの花火が見られるということで、楽しみにしてます

市民:
みんなで元気になれたらいいなとは思います

そして午後7時、いよいよ花火がスタートした。

観覧に訪れた人:
大曲の花火に匹敵するんじゃないの

来場客:
久しぶりに花火を見ましたね。最後のフィナーレも良かったし、オープニングも良かったし

来場客:
めっちゃかっこよかったです。感動しました。来年もまた来たいと思います

会場の片隅でフィナーレを見届けた浅間さん。花火職人の齊木さんに感謝を伝える。

花火会社マルゴー・齊木智社長:
こういった場所を与えて頂いた花火師の代表としても嬉しいですし、自分たちもわくわくさせて頂いた。そんな気持ちになりました

三陸花火競技大会実行委員長・浅間勝洋さん:
フィナーレのあの大きな歓声は「やってやったぞ」と、僕が打ち上げたわけではないけど、「やってやったぞ」と思えた。すごく嬉しかったですね。(花火の競技大会を)やってよかったというよりは、やって正解だったというべきですかね。そういうふうに思いました

被災地・陸前高田の夜空を彩った花火大会。街が新たな未来に踏み出すための歴史に残る1日となった。

(岩手めんこいテレビ)