福島・浪江町の請戸小学校。津波に襲われた校舎が、福島県内で初めて震災遺構となった。
多くの命を奪った津波の恐ろしさを伝え、これからの命を守ることにつなげていく。

県内唯一の震災遺構・請戸小学校

担当者:
(避難に)40分くらいかかったという話なので、震災発生から到達までの時間を考えると、そんなに余裕があったというわけではなくて、ギリギリのところだった

海岸から300メートルの場所にある浪江町の請戸小学校。東日本大震災が起きたあの日、この校舎も津波にのまれた。

請戸小学校(福島・浪江町)
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福島テレビ・安齋遥介記者:
震災当日は卒業式の日で、体育館の中には、いまだに看板が取り付けられたままとなっています

取り付けられたまま残された卒業式の看板

当時 学校にいた教師と児童95人は、津波が来る前に避難して無事だったが、校舎は壁や天井が剥がれるなど大きな被害を受けた。

津波被害を受けた請戸小学校(2011年)

当時のまま残されてきた校舎は、福島県内唯一の「震災遺構」として受け継がれることになった。

福島テレビ・安齋遥介記者:
学校の2階なんですが、扉の下を見てみますと、海水にひたり、さびているのがわかります。1階と2階を比べるだけでも、津波の恐ろしさがよくわかります

2階校舎も被害を受けた

災害への意識を高める存在となることを目指して整備された「震災遺構」。
2021年10月24日に一般公開が始まれば、校舎内に立ち入って、そのまま残されてきた津波被害の様子や、浪江町内の震災に関わる資料などを見ることができる。

浪江町役場・玉川宏美さん(浪江町出身):
震災から10年、11年目を迎えようとしているタイミングで、どうしても風化が懸念されるところではあります。自分の地域ではどんな災害が起こるだろうというのを、それぞれが考えていただけるような、そんなきっかけになるような施設になればなと考えています

浪江町役場・玉川宏美さん

教訓伝える震災遺構…保存には課題も

福島県などで構成する「震災伝承ネットワーク協議会」には、東日本大震災の教訓を後世に伝えるものとして、福島県39件・岩手県113件・宮城県129件が登録されている。

内訳は、アーカイブ施設や石碑などさまざまだが、岩手・宮城には被害を受けたままの姿で保存されている建物が以前からあった。

例えば、仙台市の「荒浜小学校」は指定避難所だったため、児童や教職員・地域住民など320人が避難し、2階まで津波にのまれながらも無事救出された場所だ。

津波で被害を受けた校舎が「震災遺構」として保存・展示されていて、被害を免れた4階では、被災当日の様子を映像などで紹介している。

こうした「震災遺構」は岩手・宮城に複数あるが、福島県では浪江町の「請戸小学校」が初めてとなる。
このあたりからも、福島県の復興は時計の進み方が違うと感じる。

風化を防いで教訓を伝えていくためには「震災遺構」が大きな意義を持つが、課題もある。
岩手・大槌町の役場は、議論を重ねた結果、「庁舎を見たくないという住民の感情に寄り添う」として解体された。

また、同じく大槌町が津波の脅威を伝えるため、船が乗り上げた民宿の保存費用を募ったが、維持費を確保できず、やむなく解体された。

“あの日”に思い馳せ…「起きたことを忘れないように」

震災遺構として残し、維持していくことは簡単ではないが、請戸小学校を「震災遺構」として残すことに決めたメンバーの1人は、ある願いをかけている。

岡洋子さん:
浪江町でどんなことが起きたか、その後どうなったかというのを伝えなくちゃいけないというのを、みんな思っていたんじゃないかなと思います

東日本大震災後、福島市で暮らす浪江町の岡洋子さんは、「震災遺構」として請戸小学校を残すべきかどうか、検討委員会のメンバーとして活動してきた。

震災遺構検討委員会メンバーの岡洋子さん

岡洋子さん:
今、海を見るととても穏やかなので、こういうときもあるけど、いざ津波が来たら本当に逃げなくちゃいけないという教訓にしてもらいたい

岡さんは、これまで浪江町などで震災・原発事故の記憶を伝える紙芝居を披露してきた。
「震災遺構」となった請戸小学校に多くの人が訪れ、あの日のことに思いを馳せてもらえたらと考えている。

岡洋子さん:
もし自分がこの地にいたらどうだったろう。家族がここにいたらどうだったろう。そういうのを感じ取ってもらえれば。福島全部として、東北として、日本として起きたことを忘れないようにしてもらいたいと思っています

また、避難により全国各地に散らばった町民をつなぐ、“拠り所”になることにも期待している。

岡洋子さん:
傷んでいる部分もあるけど、また頑張って命を吹き込んであるので。みんなが「ただいま」って帰る場所なのかな

東日本震災・原発事故の発生から10年以上が過ぎ、当時の状況を知らない・記憶にない世代も増えている。
「震災遺構」や「震災遺産」は、同じ悲劇を繰り返さないため、風化を防ぐため、そして世代を超えて教訓を伝えて行くために重要な意味を持つ。
震災・原発事故を直接、知らない世代が増えていく中で、目に見える証の重要性が増している。

教訓と記憶を後世に…。一般公開は、2021年10月24日だ。

(福島テレビ)