宮城県沿岸部の町、石巻市北上町に「ビール神社」の愛称で親しまれてきた神社がある。東日本大震災で全てが津波に流され、14年が経ってもほとんど手付かずの状態だったが、ビール神社らしい縁が、再建の道を開いた。

世界に唯一の「ビール神社」

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宮城県石巻市北上町十三浜にある、鹿島神社。白浜海水浴場に隣接するこの神社に、お神酒としてお供えされているのは、日本酒ではなく「ビール」だ。

鹿島神社 宮司 岸浪均さん
鹿島神社 宮司 岸浪均さん

鹿島神社宮司 岸浪均さん:
ビールをお供えしてお参りしていくというのが、一般の方々にもすっかり定着している。

古くから「ビール神社」と呼ばれ親しまれているが、以前は、一般的な神社と同じくコメから作ったお神酒をお供えしていたという。

宮司の岸浪さんによると、詳細な時期は記録が残っていないものの、地域ではこのような言い伝えがある。

ある年、大飢饉になりコメから作ったお神酒をお供えすることができず、ムギで作ったお神酒をお供えした。やがてコメが収穫された年に、再びコメから作ったお神酒をお供えしたところ、その年は不良不作のうえ、疫病が流行る事態となってしまったため、それ以降は麦酒を作り、お供えするようになった。

麦酒をお供えしていたのが、戦後、酒税法の改正などによりビールをお供えするようになり、「ビール神社」の名が定着した。これが、世界でも唯一無二の神社の成り立ちだ。

神社を襲った津波 東日本大震災

現在の鹿島神社は、小さな祠しかない。かつては立派な社殿が建っていたが、東日本大震災の津波でそのほとんどが失われた。
社殿は基礎の部分を残して流された。周辺には崩れ去った鳥居や灯篭など、津波の爪痕が残っている。周囲に残ったがれきの残骸は、津波の勢いを物語っている。

宮司の岸浪さんは地域の復興が最優先だと考え、神社の再建に踏み出せずにいた。氏子の中に、津波で家を流され地区を離れた人が多いこともひとつの要因だった。

鹿島神社宮司 岸浪均さん:
なんとかがれきは片づけ、神社庁から社殿の代わりになる祠を寄贈してもらったが、氏子も少なくなり、建てる資金がなかなか集まらなかった。震災から14年になるが、いまだに被災直後と変わらない状況が続いている。

再建の手を差し伸べたビール醸造所

小さな祠にビールを供え、細々と歴史をつないでいた「ビール神社」に再建の道筋をつけたのは、やはりビールだった。

グレートデーンブリューイング
グレートデーンブリューイング

アメリカのクラフトビールメーカー、グレートデーンブリューイング。2024年から仙台市太白区秋保町湯元に醸造所を構えている。

醸造所を建てる場所を探して日本の視察に来た際に、ビール神社を知った。

グレートデーンブリューイング ロブ・ロブレグリオ社長
グレートデーンブリューイング ロブ・ロブレグリオ社長

グレートデーンブリューイング ロブ・ロブレグリオ社長:
ビール神社の物語を聞いて、地域の人にとって神社の再建が重要だと気が付いた。

宮城に醸造所を開いた2024年、ビール神社の再建を県内のクラフトビール醸造所に呼びかけたところ、その志に共鳴した10社が集まり、宮城クラフトブリュワリーズ・アソシエーション「MCBA(エムシーバ)」が設立された。

オリジナルのクラフトビールなどを返礼品にクラウドファンディングで再建資金を募ると、1カ月あまりで目標金額の800万円を大きく上回る、約1,180万円が集まった。

グレートデーンブリューイング 清沢哲也醸造責任者:
800万円いくというのも、正直あまり予想はしていなかった。我々の思いが人づてに伝わって、人々の心を動かしてこれだけの金額が集まったと思うと、とてもうれしい。

被災地の思いを込めたオリジナルビール

初夏のある日。MCBAのメンバーがグレートデーンブリューイングの醸造所に集まり、クラウドファンディングの返礼品となるオリジナルビールの仕込みが行われた。

ビールの名前は「AKEBONO LAGER(アケボノラガー)」。
ビール神社が面する太平洋。そこから昇る日の出をイメージした、ほんのりと赤みがかったアンバーラガーだ。

大地と海のカンパネラBrewing 大谷直也代表
大地と海のカンパネラBrewing 大谷直也代表

原料の一部に使う東松島産の大麦は、津波の被害にあった畑で栽培されたもの。その麦を育てている大谷直也さんは、自らもクラフトビールを作っている。

大地と海のカンパネラBrewing 大谷直也代表:
東日本大震災の被災跡地を利用した大麦のストーリーに共感していただき、今回原材料の一部に採用してもらった。思いがプロジェクトのところから共通しているので、非常にうれしい。

そして、MCBAのメンバーひとりひとりが祈るようにタンクに入れたのは、石巻産の藻塩。ビールの材料に塩を使うことはあまりないが、これによって、ビールの色をより鮮やかに出せるという。神社の再スタートを“清める”意味も込めた。

MCBAには、東日本大震災で被災した沿岸部に醸造所を構えるメンバーも少なくない。それぞれが、思いを込めて仕込み作業にある。

ブラックタイドブリューイング 丹治和也社長
ブラックタイドブリューイング 丹治和也社長

気仙沼市・ブラックタイドブリューイング 丹治和也社長:
ビールによって被災地を盛り上げたいという思いが、気仙沼だけではなく、宮城県全体で広がっていけば。

ガル屋Beer 木村優佑代表
ガル屋Beer 木村優佑代表

女川町・ガル屋Beer 木村優佑代表:
ビールは人と人をつなげるものだと思う。ビール神社やビールを通して、多くの人たちが楽しく盛り上がればいい。

再建後の賑わいに思いをはせて

神社のすぐ近く、津波で被災した土地では、ビールの材料として欠かせないホップが栽培されている。栽培と醸造を手がけるのは、ISHINOMAKI HOP WORKSの岡恭平さんだ。

ISHINOMAKI HOP WORKS 岡恭平さん
ISHINOMAKI HOP WORKS 岡恭平さん

ISHINOMAKI HOP WORKS 岡恭平さん:
日本、世界のビール好きが集まり、ここで乾杯する姿が見ることができれば、それが一番うれしい。

宮司の岸浪さんも、再建後の神社に思いをはせる。

鹿島神社宮司 岸浪均さん:
お社が完成したあかつきには、震災以前、それよりも多くの方々に足を運んでもらい、みんなでわいわい騒いで、心と心を通わす神社になればと思う。

「その時には、宮司という立場を忘れてビールを楽しもうかな」と、岸浪さんはいたずらっぽく笑う。

震災で1度はその姿をなくしたビール神社が、その名にふさわしい縁に支えられ、再建に歩み出した。

仙台放送

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