名古屋入管の施設で収容されていたスリランカ人女性のウィシュマ・サンダマリさんが死亡した問題で、真相を求め来日していた妹のワヨミさんが23日帰国の途についた。5月1日の来日以来、監視カメラ映像の公開などウィシュマさんの死の真相解明を求めてきたが、入管が聞き入れることはなく、体調不良と失意の中での帰国だった。
「入管職員だけは人として理解できなかった」
「今回一時的に帰国しますが、(映像公開や真相解明を)決して諦めたわけではありませんので、これからも姉の正義のために一緒に闘ってください。協力してくれた皆さんに感謝します」
ウィシュマさんの妹ワヨミさんは23日、母国スリランカに帰国する際、成田空港で記者団にこう語った。

代理人によるとワヨミさんは入管からの惨い対応に精神的に傷つき、これ以上日本に滞在し続けることができなくなったという。ワヨミさんは入管に対する気持ちをこう続けた。
「入管に責任を受け止めてほしい。日本で様々な人達と会いましたがいい人ばかりでした。しかし入管にいる職員たちだけは、人としてどうなのかと。理解できませんでした」

戦後スリランカは日本への賠償請求を放棄
ウィシュマさんの遺骨はいま、岐阜県愛西市にある明通寺に眠っている。スリランカ仏教徒と交流があったことから明通寺に納骨されることになった。
この寺にはスリランカの故ジャヤワルダナ元大統領の顕彰祈念碑があり、その説明書きにはスリランカと日本の戦後の歴史が綴られている。

第2次世界大戦が終わり1951年のサンフランシスコ講和会議では、戦勝国が集まって日本への賠償請求や領土問題が話し合われた。
スリランカ(当時セイロン)から出席したジャヤワルダナ氏は、「憎悪は憎悪によって止むことなく愛によって止む」という仏陀の言葉を引用し、スリランカが日本に対する賠償請求権を放棄すると明らかにしたうえで、日本を国際社会に受け入れるよう訴えた。
「スリランカが小国だから入管はこんな扱いを」
この演説は日本に厳しい制裁処置を求めていた一部戦勝国を動かし、日本は巨額の賠償と旧ソ連らが主張していた分割統治を免れたと言われている。日本の戦後復興と高度成長、そしていまの日本の国としての姿があるのはスリランカのおかげだったのだ。

ワヨミさんが「スリランカが小国だから入管はこんな扱いをするのか」と憤ったことがあった。入管が行っていることは国連からも非人道的で人権侵害と断定されているものであり、国対国の論理を差し挟むのは適当ではない。
しかし歴史を考えれば、日本はスリランカへ常に感謝の念を忘れてはならず、スリランカ国民であるウィシュマさんと遺族にしてきたことは、国として恥ずべき恩知らずな行為だったのではないか。
入管局長は「職員は外交官たれ」と言った
1954年の国会で入国管理局長(当時)は、議員から入管での外国人の取り扱いについて聞かれこんな趣旨の答弁をしている。
「入国管理局が対象としている外国人は、その取り扱いを誤れば直ちに外交関係に影響がある。だから常に同僚並びに部下に対して『第一線の外交官たれ』というモットーを徹底させている。ややもすれば権力を持つ者として弱者の扱いをしがちだが、そういうことはしてはならない。施設は刑務所でも、犯罪人を扱うところでもない。単に帰国する人たちの船待ちの場である」
この答弁は長崎にある大村収容所(当時)=現大村入管センターについてのものである。大村入管は当時、主に日本から韓国への強制退去者を一時収容する施設であった。国会で入管のトップは「入管職員は収容者に外交官として向き合い、不当な権力を行使してはいけない。収容所は刑務所ではなく、一時的な収容の場である」と入管の理念を示した。
しかし大村入管では2019年、収容されていたナイジェリア人男性が餓死している。果たして入管の後輩達は、先達の言葉をどう受け止めたのだろうか。

「次の総理は姉に正義と再発防止の法律を」
いま自民党総裁選のまっただ中であり、この選挙で日本の新しい首相が実質的に選ばれる。
ワヨミさんは“次の総理”に向けてこう語った。
「私が言いたいのは姉に正義を行って欲しいことです。そして他の外国人にこうしたことが二度と起きないように法律をつくって欲しいです」
新しいリーダーのもと、日本は真の人権国家であると国際社会に言える日が来るのか。入管職員が「外交官」となり収容施設が刑務所でなくなるためにも、入管制度の見直しとウィシュマさんの死の真相解明、そしてビデオ映像の公開が必要だ。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】