「教員の時間外労働に残業代が支払われていないのは違法」だと、埼玉県内の市立小学校の男性教員(63)が、県に未払い賃金の支払いを求める訴訟を起こした。いわゆる「埼玉県教員超勤訴訟」だ。

この訴訟から見える「教師の残業が減らない理由」を取材した。

校長に反対する教師がいなくなった

 

原告の田中まさお(仮名)さん(62)は1981年に大学卒業後小学校の教員となり、以来40年間勤務している。教員になった理由を田中さんはこう振り返る。

「教師になりたいと思ったのは中学のときの教師が子どもに真剣に接する姿を見たからです。当初は中学の社会の教師になりたかったのですが、競争が激しく小学校の採用試験も受けました」

田中まさお(仮名)さんは小学校のベテラン教員だ
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田中さんは2000年頃から残業が増えていると感じ始めたという。

「それまで教育は教師に任されていたのですが、この頃から校長の権限が強化されて残業が増え始めました。さらに人事評価制度が導入されると校長に反対する教師がいなくなり、職員会議は意見を言うだけの場となりました」

残業代が支給されれば歯止めになるはず

田中さんが訴訟を起こしたのは3年前の2018年9月だ。

「訴訟の理由は教師に残業代が支払われていないことを、世の中の人に知って欲しかったからです。なぜ残業が増えるかというと、ただで働かせることができるからです。今回の訴訟で残業代が支給されれば、これ以上残業が増えることの歯止めになると思います」

教員の給与に関しては1971年に制定された給特法=「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」で定められている。

給特法では教員の勤務の“特殊性”を踏まえて、教員に残業手当を支給しない代わりに給料の4%を「教職調整額」として加算すると定めている。法律が成立した頃は平均残業時間が月8時間程度で、4%の加算は公務員として優遇されているともいえた。

しかし多くの教員が過労死ラインまで働いているいまでは、この法律は実態を反映しなくなっている。

埼玉県「“残業代”請求を認める余地はない」

原告側の代理人・若生直樹弁護士はこう語る。

「給特法で認められた残業は超勤4項目(※)のみです。しかし実態としてこれ以外の時間外労働は存在しています。この状態は労働基準法の労働時間規制に反して違法であり、給特法の下でも残業代の支払いまたは国家賠償の対象だと考えています。被告の埼玉県は『強制は無い』と主張していますが、校長は当然実態を把握しているはずで、時間外労働に関与・容認しているといえます。この訴訟はお金が目的ではありません。教員の時間外労働は労働基準法に違反していること、時間外労働には対価が支払われるべきことを明らかにしたいのです」

(※)給特法が時間外勤務を命じることができると定める業務で、実習、学校行事、職員会議、非常災害の4つ。

若生弁護士「この訴訟はお金が目的ではない」

これに対して被告である埼玉県は「給特法は『時間外勤務手当および休日勤務手当は支給しない』と規定していて、原告による労基法に基づく時間外割増賃金の請求は認める余地はないといわなければならない」と主張している。

埼玉県の担当部署に電話取材すると「係争中なのでコメントはできません」とのことだった。

給特法はすでに実態を反映していない

都内のある小学校の校長も「給特法は実態を反映していない」と憤る。

「残業は超勤4項目に当てはまらないものがほとんどです。そもそも4%の加算といっても1日1時間か2時間残業したらもう超えています。私は1日13時間程度働いていますが、私より早く学校に来て遅くまで残っている若い教員はたくさんいます。学校では残業をしないように注意していますが、とにかく仕事が終わりません。学校の仕事はチームワークなので、仕事を終わらせないと他に迷惑がかかる。さらに子どものためなら仕方ないと思うので残業を止められません」

この学校の勤務開始は午前8時15分だが、実際教員は1時間以上前に来て、登校する子どもたちを校門前や教室で迎え入れ、職員会議や授業の準備をする。

「教員が“おはよう”というと子どもたちが嬉しそうにするという幸せな構図がありますが、これは教員のただ働きで成り立っています。その教員は自分の子どもを早朝保育園に預けて、朝の時間をつくっているのです。また教員はよい授業をつくるためには授業時間以上の教材研究の時間が必要ですが、こうした時間を取るためにどんどん残業が増えていきます」

保護者の相談対応も教員の仕事になる

ではどうすれば残業が減るのか。いま学校現場では教員が抱える業務をサポートするスタッフや非正規の教員を増やしているが、校長は「これでも残業は減らない」と語る。

「最近は授業以外の業務の専門スタッフを雇うことで、教員が授業の計画を立てたり、学校行事の準備に専念するようにしています。しかし保護者対応は教員の仕事になります。保護者からクレームがある場合弁護士に依頼することもありますが、『子どもの靴を隠された』というような相談事だと教員が対応しなければなりません」

一方で「教員のだらだら残業が原因ではないか」との指摘もあるが、校長はこう反論する。

「確かに効率が悪く、だらだらやっているように見える教員もいます。しかし教員同士の立ち話やおしゃべりをとっても、子どもについての情報交換や仕事の相談などがたくさんあります。実際それがないと教員が一人で抱え込むことになります。みんなで声を掛け合ってフォローしていく。いま教員が心を病んで離職するのは、仕事が忙しくなったからだけではありません。教員同士の人間関係が希薄になっていることもあると思います」

「長時間勤務を変えないと次の担い手が出ない」

文部科学省では教員の働き方改革のために様々な取り組みをしてきた。

給特法を改正して勤務時間の上限に指針を設け、1カ月45時間、1年間360時間としたほか、休日をまとめ取りできるように1年単位の変形労働時間制を設けるなどしている。

ほかにも少人数学級導入による教職員定数の改善や外部人材の配置支援、小学校への教科担任制導入、学校が担ってきた業務の仕分けなどにも取り組んでいる。

萩生田文科大臣は2日の閣議後会見で、「給特法について様々なご指摘があることは承知している」としたうえでこう語った。

萩生田大臣「先生方の長時間勤務を変えないと次なる担い手が出てこない」

「総じていまの公立の小学校、中学校の先生方が長時間勤務になっている実態は承知しておりますので、これを変えていかないと次なる担い手が出てこないと思っており、ここが正念場だというふうに思っております。ぜひ憧れの職業としてですね、若い人たちが教職を志すことが出来るように、勤務体系も含めて改革を進めていきたいと思っています」

5000人超の教員が心を病む現状を変えるには

前述の都内の校長は「教員に残業代を支払えば国の財政に大きな負担となる」と理解を示しつつもこう訴える。

「もし残業代を払ったら国が壊れるでしょうね。倍の人件費がかかるでしょうから。しかしせめて本給は上げてもらいたいです。とにかく仕事が多すぎるのに教員が足りません。そして教員が足りないから、負のスパイラルに入り教員がさらに疲弊していきます」

鬱など精神疾患で休職した公立学校の教員数は、2019年度に過去最多の5478人に上った。

訴訟の原告の田中さんはこう語る。

「教師の仕事は授業です。子どもが社会に出て生きていける知恵を与えることです。しかしいま心を病んで職場を離れる教師が一年間で5千人を超えています。私の実感としてはその倍はいるのではないかと思います。こうした現状を変えるため、まずは自分達の世代でただ働きを終わりにさせたいのです」

裁判は5月に地裁で結審し、9月17日に判決が言い渡される。

文部科学省が公表したデータをもとに編集部でグラフを作成

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】
【図解イラスト:さいとうひさし】