「腐敗し、無能な勢力の執権延長と国民からの略奪を防がなければなりません」

「政権交代、必ずやり遂げなければなりません」

文在寅政権を「腐敗」「無能」とこき下ろし、政権交代を宣言した1人の男。丸い顔と鋭い目つき、七三分けの髪形が、日本の人気アニメ「おしりたんてい」に似ていると自他共に認めているこの人物こそ、次期韓国大統領の有力候補である尹錫悦(ユン・ソクヨル)前検事総長だ。尹氏は6月29日に記者会見して実質的な大統領選出馬宣言を行い、日本との「あるべき関係」について初めて語った。

会見した尹錫悦氏。自身のSNSで「おしりたんてい」に似ていると認めている
会見した尹錫悦氏。自身のSNSで「おしりたんてい」に似ていると認めている
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文政権の不正疑惑に鋭く切り込んだ注目株

韓国は今、ポスト文在寅を巡る政治の季節に突入している。2022年3月の韓国大統領選挙に向けて、立候補予定者が次々に名乗りを上げているのだ。中でも注目されているのが尹氏だ。

尹氏は検察トップとしてチョ・グク元法相ら文在寅政権の中枢の不正疑惑に鋭く切り込んだ。文政権は御法度ともされる法相による指揮権発動を連発して不正疑惑捜査から尹氏を引き剥がした上、前代未聞である法相による職務執行停止命令まで出し、なりふり構わず尹氏を潰しにかかった。尹氏は法廷闘争で職務執行停止命令を退けるなど最後まで政権からの圧力に抗ったが、2021年3月に検事総長を自ら辞した。

政権と激しく対立しながら孤軍奮闘する尹氏は、いつのまにか反文在寅政権の象徴となり、次期大統領選挙の有力候補となっていた。直近の世論調査では、検察を辞めたばかりの一般人であるにも関わらず、次期大統領候補者として32.4%の支持を集めて、与党有力候補者の李在明(イ・ジェミョン)京畿道知事(28.4%)を押さえトップに立っている。

司法試験9浪の苦労人

尹氏は韓国の最高学府・ソウル大学法学部を卒業し、実に9浪の末司法試験に合格した苦労人だ。検事としては、朴槿恵前大統領を弾劾に追い込んだ親友による国政介入事件、いわゆる「崔順実(チェ・スンシル)ゲート事件」の捜査を指揮。革新派の文在寅大統領が政権交代により就任すると、保守派である朴槿恵政権の大統領秘書官や李在鎔(イ・ジェヨン)サムスングループ副会長に加え、同じく保守派の李明博元大統領も起訴した。

宿敵である保守派や財閥の要人を軒並み起訴していった手腕を評価した文大統領は、尹氏を検察トップに抜擢した。だが尹氏は文在寅政権におもねらず、「人には忠誠を誓わない」をモットーとする硬骨漢だった。保守だろうと革新だろうと、違法行為を許さないとの姿勢を貫き、文在寅政権中枢の不正疑惑に切り込んでいったのだ。文在寅政権による尹氏への攻撃が苛烈を極めたのは、いわば「飼い犬に手を噛まれた」気持ちになったからでもあるだろう。

尹氏を中心に「反文在寅」結集なるか?

尹氏による文政権批判は苛烈なものだった。

「経済の常識を無視した所得主導成長、市場と争う住宅政策、法を無視して一流の技術を死蔵させた脱原発政策、ポピュリズム政策で数多くの青年や自営業者、中小企業人、低賃金勤労者たちに苦痛を与えた。政府の借金は急増し、雇用もない青年世代が途方もない額の借金を抱え込んだ。青年たちは高騰する住宅価格に絶望し、その挫折は韓国の人口を絶壁に追い込んでいる。常識と公正、法治を捨てて国の根幹を破壊し、国民を挫折と怒りに陥るように追い込んだ。この政権が犯した極悪非道な事象は羅列することも難しい」

尹氏は政権批判を繰り広げた上で、「反文在寅」勢力の結集を呼びかけた。国会の議席は文大統領を支える与党が大半を占めており、野党側は勢力を結集しない限り勝負にならないからだ。尹氏は現時点でどの政党にも所属していないが、思想としては保守に近いのは明らかだ。そのため最大野党である保守派の「国民の力」との合流が取り沙汰されている。

36歳の若さで最大野党「国民の力」代表に就任した李俊錫(イ・ジュンソク)氏
36歳の若さで最大野党「国民の力」代表に就任した李俊錫(イ・ジュンソク)氏

折しも「国民の力」は、36歳という異例の若さで話題となっている李俊錫(イ・ジュンソク)氏が代表に就任したばかりで、勢いを増している。尹氏の政界進出宣言を受けて、尹氏を中心に野党勢力が結集出来るのかが3月の大統領選の争点になるだろう。

尹氏が語る日韓関係

尹氏はこれまで、日本に関して殆ど発言した事が無く、対日観は不明だった。しかし29日の会見で、悪化している日韓関係について聞かれると、現状についてこう評価した。

「外交は実用主義、現実主義に基づかなければならないが、(文在寅政権は)ある理念偏向的な「竹槍歌」を歌って、今ここまで来た。政権末期に収拾しようとしているが、もううまくいかないようだ」

やや解説が必要だが、「竹槍歌」とは、1894年の甲午農民戦争(※東学という宗教団体を中心に農民が起こした政府への反乱が、朝鮮半島に進出した日本など外国の排斥を目指す大反乱へ発展したもの。東学党の乱とも呼ばれ、日清戦争のきっかけになった)を描いた詩をもとに作られた歌で、韓国では1980年代に民主化運動をしていた学生達、つまり現在の文在寅政権の中枢にいる人達が良く歌っていた歌だ。

2019年7月に日本政府が韓国向け輸出管理を強化し、韓国が反日不買運動を展開するなど激烈な反応を見せた際に、文大統領の側近であるチョ・グク元法相がSNSにこの歌をアップし、反日を煽った事が知られている。尹氏はこの「竹槍歌」を理念偏向的と揶揄したのだ。

さらに、日韓関係の改善策についてはこう語った。

「常識に照らしてみても韓日関係では過去の歴史は過去の歴史のとおり、私たちの後代が歴史を正確に記憶するために真相を明確にしなければならない問題はある。しかし未来に育つ世代ために、真に実用的に協力しなければならない、そういう関係だと考える。韓日関係は今の政府になって壊れた。慰安婦問題、強制徴用問題(※いわゆる徴用工問題の事)、韓日間の安保協力、経済貿易問題。このような懸案を全て同じ一つのテーブルに上げてグランドバーゲン(※一括解決)する方式で問題を解決しなければならない。韓・米関係のように韓・日関係も私たちの国防、外務、経済、2+2、3+3の定期的な政府当局者間の対話が、今後関係を回復するのに必要ではないかと考えている」

尹氏は日韓関係を「未来志向」で対応して「実用的な協力」を目指すべきとして、対話による解決が必要との立場を示した。特に新しい点は無いが、比較的穏当な見方だ。ただ保守系大統領だった李明博政権や朴槿恵政権の時に日韓関係が改善したかというと、決してそんな事はない。2022年3月に政権交代して尹氏が大統領になったとしても、それで日韓関係が改善するというのは楽観的に過ぎるだろう。

「竹槍歌」発言への反発

そしてこの「竹槍歌」発言について、与党勢力は早速猛反発している。「竹槍歌」をSNSにアップしたチョ・グク元法相は「(尹氏は)日本政府と同じ歴史認識であることに驚きを禁じ得ない」と批判。

文在寅大統領の側近だったチョ・グク元法相は尹氏を痛烈に批判した
文在寅大統領の側近だったチョ・グク元法相は尹氏を痛烈に批判した

大統領選挙への出馬が確実視されている李洛淵(イ・ナギョン)元首相も「目を疑った。その歴史認識の浅はかさが、そのような妄言をユン・ボンギル記念館(※尹氏の会見会場で、抗日活動家の記念館)でできる無感覚が衝撃的だった」と尹氏を攻撃した。

新聞記者として日本駐在経験もある「知日派」の李洛淵元首相も、日本をダシに尹氏を批判した
新聞記者として日本駐在経験もある「知日派」の李洛淵元首相も、日本をダシに尹氏を批判した

韓国政界では、相変わらず「日本」をダシに相手を攻撃する手法が有効だ。日本にとって不快なこのやり取りを、日本人がどんな目で見ているのか、いずれ外交で日本と相対する新大統領候補者の面々は、考えているのだろうか。

大統領選挙まであと8カ月あまり、本格的な選挙戦がいよいよ始まる。

【執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘】

渡邊康弘
渡邊康弘

FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。