名前は知っていても、その生態まではあまり知られていない「ダチョウ」。

そんなダチョウの魅力あふれる生態と秘められた能力が『ダチョウはアホだが役に立つ』(幻冬舎)で触れられている。その著者で20年以上もダチョウの研究を続け、 “ダチョウ博士”の第一人者である、京都府立大学学長で獣医師の塚本康浩さんに話を聞いた。

京都府立大学学長で獣医師の塚本康浩さん
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塚本さんはダチョウの抗体を利用して、新型コロナウイルスを不活性化させる「ダチョウ抗体マスク」の開発者でもあるが、まずは、愛らしいダチョウの生態から教えてもらった。

自分の家族がわからなくなる?

ダチョウは鳥類の中で一番背が高く、体重もナンバー1。身長は2メートル以上あり、大きい個体だと3メートルを超え、体重はメスが120キロ、オスが200キロ近くになる。キック力もジャンプ力もものすごい。

提供:塚本康浩

2足歩行では地球最速の生物であり、時速60キロのスピードで30分走ることができる。ちなみに4足歩行ではチーターが一番速いが、走れる時間は数分。つまり、速く、長く走ることができるという点ではダチョウがナンバー1。

速さや瞬発力を生かせる筋肉を持つダチョウだが、基本的には草食。塚本さんが飼育するダチョウはトカゲの死骸やミミズを食べてたんぱく質を、土を食べてミネラル類を補給しているが、食べているのはほぼもやし。

1日4キロ近く食べてもほとんど吸収され、出てくるウンチはたったの200グラム。しかも、牛や馬などに比べると臭くないという。「ダチョウのウンチはハエが利用できないくらい栄養素がないのでハエも飛んでこない」そうだ。

身体能力が抜群なダチョウだが、生態の面でいうと「アホなんです」と塚本さんは言う。

中でも驚きなのは「自分の家族もわからなくなる」こと。生息地であるアフリカ・サバンナでは、卵が孵るとオスとメスが一緒に育てるといった“家族思い”な一面も見られるようだが、ちょっとしたことで家族がバラバラになる。

例えばダチョウのA家(5羽)とB家(5羽)の中でケンカが起き、パニックに陥ったとする。ケンカが収まり、ダチョウたちが群れに戻ると、家族同士がごちゃまぜになっているという。メス同士が入れ替わっていたり、オスが入れ替わっていたり、家族の数が変わっていたり、子どもの数が違っていても親は気づかない。

「ケンカや音に敏感ですぐにパニックになります。以前も田んぼでスズメを追い払う音が誤って大きな音が出てしまい、そこにいたダチョウの2家族がパニックになって、5羽・5羽の家族が7羽・3羽になっていたりしました。数の概念や個別識別があまりできていない動物なんです。仲間意識はあまりないようですが、だからといって一人ではちょっと寂しい。鳥の仲間では“ラブバード”というくらい添い遂げる、絆の強いものもいるのですが、ダチョウはその意識がない」

他にも、気まぐれに走り出したと思ったら崖から落ちてしまったり、よく遭難してしまったり、人が背中に乗ったことも忘れてしまうなど、記憶力が弱く、状況を把握する能力もあまりないようだ。

そんな、ちょっとアホなダチョウは「痛みにも鈍感なのか、ケガをしたお尻をカラスが突っついてても普通にエサを食べているとかありますよね。ちょっとわけわからへん」と明かす。

しかし、ダチョウは驚異的な回復力の持ち主で、大ケガをしても、カラスにお尻を食われても気にならない。免疫力が高く、傷口から感染症にかかることもない。ダチョウは並外れた生命力、免疫力の持ち主だという。

恐竜の時代からあまり変化してない?

鈍感でアホなダチョウの賢い面は「ないですね」と塚本さんも苦笑。「鈍感でムチャクチャなんですけど、エサの容器に小さなゴキブリとか入っていたら食べへんのです。変なところで細かい」と愚痴をこぼした。

提供:塚本康浩

それでも「ダチョウさんの目はかわいいんです」と魅力をアピール。

「目は固くツルっとした感じで、舐めると甘い。昔、ダチョウと戦っていた時に、口の中に甘いものが入って、何だろうと思っていたんですけど、10年くらい経ってまた同じことが起こって。ずっと探していて」

ということで、研究を続けると、発情しているオスの涙が一番甘いことを発見したというが、その理由はまだ分からないという。

さらに、「ダチョウは太古の昔から生きとるわけですが、非常にミステリアスなのに本人はボーっとしているんです。今は飛べないのに、昔、飛んでいた時の習性や名残も残っています」と話す。

哺乳類や鳥類は生物の進化の過程で爬虫類から分かれていったとされ、なかでも鳥類は、恐竜から進化した説が最近では一般的だという。ダチョウは、爬虫類の仲間である恐竜が鳥類に進化していった直後くらいに枝分かれして地球上に現れたが、そこで進化が止まっているようだ。

羽の裏にある指(提供:塚本康浩)

「ダチョウは哺乳類か鳥かで、鳥の方を選んだのでしょうけど、羽の裏を見ると指が残っているんです。よく見ると爪もあったり。腸も草食の恐竜並みの長さです。食べたものを消化するために距離を稼がないといけないので、それなりの長さがあります」

そして、「これはもう爬虫類のよう」と話すワケは、臓器の組織にも見られるといい、他の鳥類と異なり、ダチョウの腎臓は鳥類型と爬虫類型の混合。まだダチョウは鳥になりきれていないのだという。

このことについて、塚本さんは“なまけものの進化論”と呼んでいる。

「筋肉の付き方や羽を見ると昔飛べていた痕跡がありますが、今は飛べない。なぜかと考えたときに、毎日の生活パターンが鳥じゃないと思ったんです。

鳥は朝起きて羽繕いをしてエサを食べて、水浴びをしてキレイにして寝はる。そうしないと飛べなくなるんです。それは入念にやっていて、最後にお尻の脂腺から出る脂を羽につける。でもダチョウは脂腺がないし、鳥のようにキレイにしない。自分のウンチつけたまま走ったりしている。そういうこともあって、飛べなくなったんでしょう。

飛べなくなった時にどうしようかと考えて、足が速くなったり、体がデカくなったりと今の形になってきた。“なまけもの”だから、今のダチョウになった。そういう進化があってもいいと思っています」

提供:塚本康浩

鳥の世界ではペンギンやエミューなど飛べない鳥はいるが、“なまけもの”であったことで、進化してきたのは「ダチョウ特有」だと塚本さんは言う。

そして、今のダチョウが最終形なのか、まだまだ進化の過程なのかは分からず、塚本さんも「それを考えると眠れなくなる。わからへんのです」と明かした。

「ダチョウの抗体」が感染症予防に?

提供:塚本康浩

もともと大阪府立大学の獣医学科でニワトリの病理学を学んでいたという塚本さん。大学院を修了後に同大学の助手になった頃、誰も飼っていない鳥を飼いたいと思い、「どうせ飼うなら世界一のダチョウがええ!」と、ダチョウの研究を始める。

それから神戸のダチョウ牧場を運営していた方と出会い、ダチョウを動物行動学的な研究の対象にして、ひたすらボーっと5年近く観察し続けた。その結果、塚本さんが「ワケのわからない行動をしていることしかわからへんかった」と話すように、ダチョウのアホぶりが判明。と同時に、ダチョウの生命力にも興味が湧いたという。

「ケガをしてもあまり感染症にかかることない、『その強さはなんやろ?』と考えて、もともと感染症の専門家なので、『抗体がすごいのかな?』と思い、鳥が感染するコロナウイルスをダチョウに注射したところ、すっごい勢いで抗体を作ってくれたんです」

当初は、ダチョウにウイルスや病原体などの抗原(免疫反応を引き起こす物質)を注射し、2週間後に採血して抗体を確認。いい抗体ができていたらダチョウの頚(くび)から大量の血液を抜き取り、抗体を精製していた。

「ダチョウさんを犠牲にして血液から抗体を精製していたのですが、この作業もしんどくて。楽な方法はないかと考えたとき、ダチョウの卵が思い浮かんで。母子免疫で卵には抗体があるだろうと思い、調べたところ、大量に抗体があった。それからは卵から抗体を採っています」

地道な努力を繰り返し、純度の高い抗体ができるようになるまでには2年近くかかった。そこから可能性は広がっていき、産学連携でベンチャービジネスとしてダチョウの卵から抗体をつくる技術を生かし、抗体入りのマスクを製品化した。

そのマスクには、鳥インフルエンザや季節性インフルエンザ、新型インフルエンザなどの抗体を含ませ、バージョンアップさせている。

MERS(中東呼吸器症候群)やSARS(重症急性呼吸器症候群)など新たな感染症が出るとダチョウから抗体を作り、マスクに配合。最近では、新型コロナウイルスの抗体を配合させたマスクも作られた。

「ダチョウ抗体マスク」が感染症を予防する仕組みは、4層あるマスクのフィルターの一番外側に「ダチョウ抗体」を配合し、ここにウイルスが付着すると抗体と結合して、ウイルスが不活性化。2枚目のフィルターには特別な不織布を使い、静電気を持たせているため、ここまで侵入したウイルスを静電気がキャッチするという。

他2枚のフィルターは、肌に優しい素材や、通気性と空間記憶性を兼ね備えた3Dプリーツ形状記憶構造のフィルターを使っている。

そもそも抗体とは、体内にインフルエンザなど体を傷つける異物(抗原)が入ったときに、それを無力化して除去するための物質。「免疫力を高める」ことは、「抗体を作る能力を高める」ことなのだ。

なぜ、こんなにも抗体を作り出せるのだろうか。その秘密はダチョウの遺伝子にある。

哺乳類の場合、すでに進化してきた生物のため、抗体を作るための遺伝子「Y字たんぱく質」 がある程度固定され、抗原をキャッチするYの先の部分がしっかりしているため、理論的には2つの抗原しかつかめない。

しかし、ダチョウの遺伝子はY字の部分に遊びやゆらぎがあったり、先が長すぎるといったことで、数多くの抗原をキャッチ出来る、沢山の種類の抗体を同時につくることができるという。

「ダチョウ抗体」は世界からも注目され、感染症の予防という可能性も見出している。塚本さんは「ダチョウの抗体は熱にも強いため加工しやすく、胃や腸にも届くため、マスクの他に飴などにして、大勢の人に届けられます。ダチョウの抗体で革命を起こしていきたい」と語った。

「鳥が好き」から始まった研究

提供:塚本康浩

幼い頃から鳥好きだった塚本さん。幼少期は吃音に悩まされ、小学校では不登校の時期もあり、その間は鳥のヒナを育てるための世話をし続けた。

高校卒業後は大手エアコン会社の工場に勤めたが、のちに大学に進学し、獣医への道に進むことになる。

「鳥が好き」から始まった、塚本さんの研究。好きなことをやり続ける、その原動力は「鳥に救われたから」だという。

提供:塚本康浩

「引きこもりや吃音の影響で家にいて、救ってくれたのが鳥。鳥を育てたことで自信が出て、社交的にもなった。鳥のことだけで必死になってしまう。ビジネスとは関係なく、鳥のことであれば、なんでもやりたい。鳥に出会えてよかったです」

塚本さんは研究や技術を世に還元するため、多くの企業を立ち上げた。現在は、ダチョウ抗体製品の需要が増え、業績が伸び、700億くらいの経済効果があるというが、「ビジネスとは関係なく」の言葉通り、その収益のほとんどは研究費に回している。

その理由は、自分が好きな研究をするにしても、続けるにしてもお金がないとできないから。「鳥が好き」から始まり、今では感染症から人を守り、役立てる形で研究を生かしてきた。すでに数もあいまいになるほど国内外でダチョウを飼育する塚本さんのダチョウ研究はこれからも続き、新たな感染症や病へアプローチする方法を見つけてくれるかもしれない。

『ダチョウはアホだが役に立つ』(幻冬舎)

塚本康浩
京都府立大学学長、獣医師、博士(獣医学)、ダチョウ愛好家。大阪府立大学農学部獣医学科卒業後、博士課程を修了し、同大学の助手に。家禽のウイルス感染症の研究に着手し、同大学の講師、准教授を経て、2008年に京都府立大学大学院生命環境科学研究科の教授となり、2020年同大学の学長に就任。1998年からプライベートでダチョウ牧場「オーストリッチ神戸」でダチョウの主治医に。2008年にダチョウの卵から抽出した抗体から新型インフルエンザ予防に役立つ、“ダチョウマスク”を開発。マスク以外にもダチョウ抗体をもとにがん予防から美容までさまざまな研究に取り組んでいる。

(イラスト:さいとうひさし)