「新型戦術誘導弾」発射と反発の談話
「米大統領のこのような(安保理決議違反)発言は、わが国の自衛権に対する露骨な侵害であり、挑発だ」(3月27日・李炳哲朝鮮労働党書記談話)
「(国連が)北朝鮮の自衛権に属する正常な活動を問題視するのは、明白な二重基準だ」(同29日・北朝鮮外務省局長談話)
北朝鮮は3月25日の短距離弾道ミサイル発射以来、国際社会の批判に反発する談話を矢継ぎ早に発表している。ミサイル発射実験は自衛権の行使であり北朝鮮の権利だと主張し、認めなければ「米国は好ましくないことに直面することになるかもしれない」(李炳哲書記)、「自主権を侵害しようとする試みは必ず相応の対応措置を誘発するだろう」(外務省局長)とさらなる挑発を示唆している。
今週予定される日米韓の安全保障担当者会合や、30日の国連安保理非公式会合などの状況をにらみながら、新たな挑発を仕掛けてきそうだ。
朝鮮労働党機関紙の労働新聞は26日、国防科学院が「新たに開発した新型戦術誘導弾」の発射実験を25日に実施したとして写真付きで報じた。

報道はこのミサイルについて「すでに開発された戦術誘導弾の核心技術を利用しつつ、核弾頭重量を2.5tに改良された兵器体系」とし、日本海上600km水域の設定された目標を正確に打撃した、と伝えた。
国防科学院は「発射は成功」とした上で「数回にわたる発動機(エンジン)地上噴出(燃焼)試験と試験発射の過程を通じて改良型固体燃料発動機の信頼度を実証し、既に他の誘導弾に適用している低高度滑空跳躍型飛行方式の変則的な軌道特性も再実証した」と明かした。
北朝鮮のいう「低高度滑空跳躍型飛行方式」は、低高度を変則的な軌道で飛行するミサイルを指すとみられる。ロシア製単距離弾道ミサイル「イスカンデル」に類似した特徴を持つことから「北朝鮮版イスカンデル(KN-23)」とも呼ばれる。軌道が変則的なため迎撃が難しく、ミサイル防衛網を突破する可能性が高まる。
労働新聞に掲載されたミサイルの写真では弾頭部が細長く先が尖っていて白黒2色の塗装と市松模様が施されており、片側5輪の移動式発射台(TEL)に搭載されている。形状から2021年1月の軍事パレードで初めて公開されたKN-23の改良型とみられるミサイルに酷似しているのがわかる。


日本も射程に…高まる脅威
フジテレビの能勢伸之解説委員は、今回の弾道ミサイルは日本も射程に入る可能性が十分あり、日本への脅威が一層増すと指摘する。
「弾頭重量2.5tというのは、核弾頭搭載可能とされるノドンの1.2tの約2倍であり、弾頭を軽くすれば飛距離はさらに延びることになる。また、金正恩総書記は1月にマッハ5以上でくねくねと飛んで、弾道ミサイル防衛を突破する『極超音速滑空体』の試作を明らかにしており、このミサイルがその発射母体となる可能性も否定できない」
能勢氏によれば2.5トンという弾頭重量が本当なら、核搭載ミサイルとなる可能性だけでなく、北朝鮮がめざしている「多弾頭個別誘導技術」(後述)の基盤となるミサイルになる可能性もあるという。
北朝鮮は今回ミサイルが600km飛行したと発表しており、南北軍事境界付近からの発射なら日本の山口県が射程に入る。弾頭を軽くすればさらに飛距離が伸びることになり、在日米軍も攻撃対象になるという懸念も一層高まることになる。
ただ、今回の飛行距離を日本政府や韓国国防省が「約450km」とする一方、北朝鮮は「600㎞」と主張しており、北朝鮮側が誇張している可能性も否定できない。ただ、北朝鮮が「新型戦術誘導兵器」の発射実験を始めたのは2019年5月であり、当初約200~400㎞程度だった飛行距離も同年7月には600㎞に伸びている。脅威が増しているのは間違いない。

金総書記は1月の党大会で核先制・報復打撃能力の高度化を指示した。
「多弾頭個別誘導技術をさらに完成させるための研究事業を最終段階で進めている」
「新型弾道ロケットに適用する極超音速滑空飛行戦闘部(弾頭)を初めとする各種の戦闘的使命の弾頭の開発・研究を終え、試験製作に着手するため準備している」
金総書記が言及した「極超音速滑空」体は、従来のミサイル防衛システムを突破し得る新兵器で“ゲームチェンジャー”になり得るとされる。現状ではこうした「極超音速ミサイル」の迎撃は不可能とも言われる。
すでに中国やロシアはこうしたミサイルを保有しており、この“隊列”に北朝鮮も加われば、日本にとって悪夢以外の何物でもない。
原子力潜水艦も保有?……金総書記の“野望”
金総書記は党大会で、水中・地上固体燃料の大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発、原子力潜水艦、潜水艦発射型核戦略兵器、軍事偵察衛星、無人偵察機など、配備目標とする兵器・システムを次々に並び立てた。
北朝鮮が原潜保有に言及したのは初めてだ。実現の可能性はさておき、金総書記の飽くなき核・ミサイル開発への姿勢が改めて鮮明となった。
バイデン米政権の出方を見ながら、いずれ潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)や、米本土に到達するとされる射程1万5000kmの巨大ICBMの発射実験を強行する懸念がある。
一方で、1年ぶりの弾道ミサイル発射を伝えた25日付労働新聞が、この項目を大々的に報じることはなかった。1面には、金総書記が平壌のアパート建設計画の現場を視察したニュースを掲載し、金総書記の動静をミサイルと切り離した。そこにはアメリカなどに対する挑発のトーンを調整する狙いがうかがえる。

同時に感じられるのは、新型コロナウイルス対策による“鎖国”状態で不満を募らせる住民に配慮する姿勢だ。金総書記は党大会以来、毎月のように幹部会議を開き、経済状態の改善に檄を飛ばしている。中でもこうした住宅建設に力を入れ、党創立80周年の2025年までに平壌に毎年1万戸ずつ、計5万戸の住宅を建設すると大々的に宣伝している。生活の向上を重視する姿勢を示すことで、不満を少しでも解消しようという意図は明らかだ。
バイデン大統領は「北朝鮮が事態をエスカレートさせることを選べば、相応の対応を取る」と警告した。同時に外交手段にも言及し、対話の可能性も否定しなかった。
その条件として改めて掲げたのが「北朝鮮の非核化」だった。

北朝鮮が真に住民生活の向上をめざすなら「核放棄」が最良かつ不可欠な選択となる。だが「アメリカがまず敵視政策を撤回せよ」と主張し続ける北朝鮮指導部からは「核放棄」の意思は全く感じ取れない。北朝鮮による「小出しの挑発」が北東アジアの安全を再び脅かそうとしている。
【執筆:フジテレビ 解説副委員長(兼国際取材部) 鴨下ひろみ】