東日本大震災・原発事故がおきた当時・小学6年だった少女は、10年経って22歳の女性へと成長した。
この10年間、彼女は迷いながらも揺るぎない故郷への思いを胸に、伝統を繋いできた。

福島・浪江町請戸地区で生まれ育った、横山和佳奈さん。
東日本大震災・原発事故を境に様変わりした故郷を見つめていた。

浪江町請戸出身・横山和佳奈さん(22):
来れば来るほど景色が変わっていくので、思い出せないという感覚がどんどん強くなっていく感じがあります

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小学校の卒業直前に震災・原発事故が発生。
津波に祖父母と自宅を奪われた横山さんは、家族と郡山市に避難した。

避難区域は15歳未満の立ち入りが制限されているため、初めて故郷へ戻れたのは避難生活も4年目。横山さんが高校生の時だった。

浪江町請戸出身・横山和佳奈さん(22):
海の匂い、やっぱり一番はそれですね。なんだろう、心が解放されるって言ったら言い過ぎかもしれないですけど、ある意味リラックスできる

「田植え踊り」が迷いを振り払う

このころ、横山さんはある違和感を感じていた。

浪江町請戸出身・横山和佳奈さん(22):
請戸の人間でもあり、今住んでいるところの人でもあるっていうのは、自分の中でわかってはいるけどストンと落ち切らない感じというか

そんな違和感を取り払ってくれたのが、故郷の”踊り”だった。
横山さんは、浪江町請戸地区に300年伝わる「田植え踊り」の踊り手。
「故郷・請戸」を改めて認識できるこの踊りを、仮設住宅でも披露し、故郷を追われた浪江町の人々の心をつないできた。

浪江町から避難した人:
若い時に踊った思い出とか

浪江町から避難した人:
思い出すところあるね。小さいころを思い出した

「田植え踊り」が請戸に初めて戻ったのは、震災から6年が過ぎた2017年。

浪江町請戸出身・横山和佳奈さん(22):
外で踊ったことはあったけど、でもやっぱり請戸は違うなって。請戸に戻ってきたなぁっていう感じがあって、特別な感じがしました

毎年祭りが行われてきた2月の第3日曜日。田植え踊りを奉納するはずだった神社を訪れた。

浪江町請戸出身・横山和佳奈さん(22):
震災にも負けずに10年ずっと続けてきただけに、「コロナに負けるのか」っていうのはやっぱりありましたね。しかも(震災から)10年の年だから余計にちょっと悔しいですね

新型コロナの影響で2021年の祭りは中止されたが、横山さんは田植え踊りを続けていくと決めている。

浪江町請戸出身・横山和佳奈さん(22):
もちろん踊りから、請戸の震災を知ってもらいたい思いはあるけど。一方で請戸って素敵な街があって、そこで人々が生活してて素敵な伝統があったんだよっていうのを、伝えていけたらいいのかなと思います

浪江町請戸出身・横山和佳奈さん(22):
このきれいな夕日、初めて見ました…請戸来て、震災後に。綺麗ですね。昔はよく見てたはずなんですけど

津波に襲われ、時間が止まったままの請戸小学校。
当時、教室にいた横山さんたちは約2km離れた大平山に避難した。命の危険を感じ、避難生活の始まりを告げられた場所だが、悲しい場所かといえば、そうではない。

浪江町請戸出身・横山和佳奈さん(22):
請戸に帰ってきたなって実感できる場所です

無かったことにしたくない…

「請戸のことは忘れたほうが楽になれる」避難を続ける中で、そう考えたこともあった。

浪江町請戸出身・横山和佳奈さん(22):
でも震災、請戸のことを捨てるってなると、過去の自分の12年全部を投げ捨てることになっちゃうので、それはやっぱりできないって

伝統を守りながら、心の中で葛藤しながら…
それでもまっすぐに、故郷・請戸と向き合ってきた。

浪江町請戸出身・横山和佳奈さん(22):
自分が請戸出身で、請戸は自分の大事な故郷っていう思いは、ずっと揺るがないだろうし、しんどいって思うことはあっても、その震災のこととか請戸のことを伝えていきたいという思いは、ずっとブレないんじゃないかなと思います

2021年春に大学を卒業する横山さん。
被災地で辛い思いをしている人に寄り添う活動をしたいと考えている。

震災から10年。
あの日の少女は、揺るがない強さを持った女性へと成長した。
ここで生まれ育った者の1人として、そして伝統の担い手として、故郷を思い続けていく。

(福島テレビ)