飯舘村の元村長…原発事故後は難しい判断の連続

原発事故により、約6年間にわたり全村避難を強いられた福島・飯舘村。
復興の舵取り役を担ってきたのが、前村長の菅野典雄さん。

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「新しい村づくり」を掲げ、2020年10月の勇退前には帰還困難区域をめぐる新たな制度構築に道筋をつけた。それは大きな波紋も広げるものだった。

飯舘村の菅野典雄さんは、2020年10月に勇退するまで、1996年から6期・24年にわたり村の舵取り役を担ってきた。

菅野典雄前村長:
一体何をやったんだかわからない間に1日が過ぎるっていうのが、なんとなく恐ろしさを感じるなっていうことだったんですが。だんだん慣れてきてですね、毎日毎日、日曜日でありながら仕事が出てきているということもあります

特に前例のない全村避難を強いられた原発事故後は、難しい判断の連続だった。

菅野典雄前村長:
「村民を守ろうとする心があるのか」っていうのがあるんです

勇退から4カ月がたち、追われているのは在職時の村内外から送られてきたメールなどの整理。

菅野典雄前村長:
「対外的なメンツ・名声にこだわっているようなら辞職してください、村を守るとは村民を守ることです、はき違えないでください」なんてこういうのもあります

「村民よりも村のことを考えている」と批判も

リーダーシップを評価する声がある一方で、多くの批判も寄せられた背景の1つには独自の取り組みがあった。

枝野幸男官房長官(当時):
「計画的避難区域」に指定しました

福島第1原発の事故により、飯舘村は2017年3月まで約6年間にわたり全村避難を強いられた。
村民が避難する中、村が荒れないように見守り活動を始めるなど「新しい村づくり」を進めてきたが…

菅野典雄前村長:
やはり、丸っきりのゴーストタウンにしないという思いがあった。それについて、かなりの方は村長は村民よりも村のことを考えているんだろうと、こういう批判もかなり聞かされました

それでも復興政策を推し進めてきたのは、強い信念があったから。

菅野典雄前村長:
できるだけ前に進まないと、どんどんと遅れていく。あるいは村民の苦しみを増やしていくということになるのではないか

その姿勢により大きな波紋を広げたのが、勇退前に道筋を付けた帰還困難区域をめぐる新たな制度。

帰還困難区域の除染で出た土壌で試験栽培

村内で唯一、帰還困難区域に指定された長泥地区。

国は地区の一部を「特定復興再生拠点」と位置付けて、除染で出た土壌のうち放射線量が基準値よりも低いものを再利用。

花きや野菜などを育てる試験栽培を行っていて、2021年度にはコメ作りへの活用に向けた実証実験も始まる。

菅野典雄前村長:
少なくともこの(帰還)困難区域が、こんなに素晴らしくなったなら、そこで何かをやって、それをまた1つの売りにやっていこうという人だっていないとも限らない

国に求めた“帰還困難区域の一括解除”

2023年春に避難指示の解除を目指しているが、拠点区域から外れた大部分のエリアについては、除染も行われず具体的な解除の見通しが立っていなかった。その中で菅野さんが国に求めたのが、拠点区域を含めた帰還困難区域の一括解除。

菅野典雄前村長:
住民同士の分断とか、その差が出るというのをできるだけ避けたい

しかし、住民の居住を前提とせず、これまで通りの「除染」をしなくても解除できるとする新たな制度は、同じ帰還困難区域を抱え、原則通りの除染を求めるほかの自治体との間に温度差も生んだ。

菅野典雄前村長:
若干環境は、いろいろ条件は違ったとしても一緒に解除になることによって、またみんなでこの自分のふるさとをよくしていこうという一体感を作っていくということが、飯舘村には大切

震災から10年。
菅野さんの後任に就任した杉岡村長は、この新たな制度を実際に適用するかどうか慎重な姿勢を示している。

ふるさとの復興のために何が求められているのか。

帰還困難区域について国は、将来的に全体の解除を目指しているが、その具体的な道筋はまだ示されていない。

(福島テレビ)