福井・敦賀市で進められていた富裕層向け宿泊機能付きレストラン「オーベルジュ」の整備計画が、構想から4年たった2026年5月に突如として凍結された。わずか2年ほどの間に事業費が45億円から75億円へと30億円も膨らみ、採算の見通しが立たないと判断された。情報公開請求をして市の中期財政計画を調べると、当初「民設・民営」を掲げていた計画は、最終的に行政による整備費の全額補助を前提とする内容に変容していた。4年余りの構想期間を経て幻に終わった計画の背景に何があったのか、独自取材で探った。
「民設・民営」のはずが…市の全額補助前提へと変容
敦賀の金ヶ崎緑地で計画されていたオーベルジュは、嶺南を代表する観光拠点を目指し、県・市・商工会議所・大手ゼネコンの前田建設工業が2022年から推進してきたプロジェクト。マルシェなどのにぎわい施設も整備し、新幹線開業後の観光需要を取り込む狙いだった。
掲げられていたスキームは、建設から完成後の運営までを民間事業者が担う「民設・民営」。
しかし、その実態は次第に変容していった。
福井テレビが情報公開請求で入手した2024年2月の市の中期財政計画によると、この時点での事業費の見込みは45億円だった。
それが2026年5月に前田建設工業が示した最終的な事業費は75億円。わずか2年ほどで30億円もの上振れが生じていた。
関係者は「建設費は倍々ゲームで上がっていった」と証言する。前田建設工業は施設を簡素化するなど経費を削減し、30億円に抑えるプランまで試算したが、それでも「収益は限定的」という結論に変わりはなかった。
さらに、当初は「民設・民営」とうたっていたものが、行政からの整備費の全額補助を前提とする内容へと変わっていた。
「意思決定者が多すぎた」結論までに4年
なぜこれほど時間がかかったのか。ある関係者はその背景をこう説明する。「県・市・商工会議所、前田建設工業と意思決定者が多かった」
また別の関係者も「早い段階でこのプロジェクトは実現が難しいと口にする人もいた。規模が大きい計画だけに、逆に慎重に判断してよかった」と振り返る。
市議会議員の立場でプロジェクトを見てきた関係者からは「市からなかなか情報が出てこないところを見ると、難航している雰囲気は伝わってきていた。民間も行政の補助金を引き出そうと駆け引きが続いていたのでは」「プロジェクトが頓挫したことは残念だが、公的負担の増大はしないという市の判断は評価する」という声も上がった。
当初からこの計画に疑問を呈していた北條正議員も「民設・民営は、ある意味ではいいと思うが、図面だけでお金の出し入れを含めて不明瞭な点が多かった。それに、期間が長すぎて、本当に来るのかどうかと市民からも疑問の声が多くあった」と語る。
“旗振り役”副知事の退任も計画見直しの契機に
そしてもう一つ、計画が凍結した背景には“旗振り役”の退任があった。
前田建設工業が「事業としての成立が困難だ」と関係者に報告したのは2026年3月31日。この日は、オーベルジュ事業を県の立場から推進してきた中村保博前副知事が、自らへのハラスメント疑惑の責任を取って退任した日と重なっていた。
そもそも、計画地の金ヶ崎緑地は県有地で、このプロジェクト自体が、金ヶ崎エリアへの飲食・物販施設の誘致を模索していた敦賀市に、県が声をかけて進められたものだったのだ。
ある関係者は「民間からの報告は、旗振り役だった前副知事が退任するこのタイミングしかなかった」と明かす。
「楽しみだった」「現実味がなかった」分かれる市民の声
地域住民の受け止めは一様ではない。「自然そのままを残したほうがいい気がする」という声や「計画を聞いたときから、あんまり現実味がないなとは思ってた」という声がある一方、「新幹線が来て観光客が来たときに一つの目玉として、オーベルジュはこの辺にはなかったものなので、すごい楽しみでした」と落胆を隠さない市民もいる。
金ヶ崎緑地はウォーキングやペットの散歩をする人が多く訪れる市民の憩いの場でもあり、開発そのものへの懸念は以前からあった。
前出の北條議員も「緑地が非常に広く残っていて、その姿を好まれる方がたくさんおられる」と市民感情を代弁する。
米澤光治市長は今後の方針について「以前は観光客に“全振り”のような形態で考えていたが、市民憩いの場と観光客にも来てもらえる場所としても、あり方を改めて協議していくことになる」とした。
再公募も応募ゼロ——問われる次の一手
敦賀市は今年度、金ヶ崎での計画を念頭にオーベルジュ誘致に対して最大10億円を補助する制度を設けていた。
しかし計画が頓挫したことから改めて誘致を進めたところ、第1回の受付期限である8月末までに申し込みはゼロだった。現在は2回目の募集を検討している状況だ。
4年余りをかけた構想が凍結されたいま、市民の憩いの場としての価値を守りながら、観光客にも選ばれる拠点をつくる——今回の苦い経験を教訓とできるかが、問われている。

