福井・敦賀市の国道8号沿いにある通称「ラーメン街道」に33年間、灯りをともし続けた屋台ラーメン「池田屋ごんちゃん」が8月15日にのれんを下ろす。75歳の店主は長年の立ち仕事で体が限界を迎え、閉店を決断。知らせを聞いた常連客が県外からも駆けつけ連日行列を作っている。愛される味には、店主と客との33年にわたる人情物語があった。
33年間、敦賀の夜を支えた屋台の灯り
敦賀駅から徒歩約10分、国道8号沿いの本町通りには複数のラーメン屋台が立ち並ぶことから「ラーメン街道」とも呼ばれている。その一角で長年にわたり存在感を放ってきたのが「池田屋ごんちゃん」だ。
店主の権八敏一さんは75歳。30年以上にわたり、敦賀の夜に“変わらない一杯”を届けてきた。スープは醤油ベースに豚骨と鶏ガラを合わせたダブルスープ。
日中から仕込みを始め、最初の客に提供するまで最低でも6時間煮込む。
「最初からスープの作り方なんて分からんし、がむしゃらにやったね。この味になるまでに2年はかかったで」と権八さんは振り返る。
試行錯誤の末にたどり着いた味が、多くの人の心をつかんでいった。
「唯一無二の味」を求め、滋賀・京都からも
閉店の知らせが広がると、より多くの客が詰めかけ、開店の1時間前から行列ができるようになった。
滋賀県から1時間かけて来る人や、京都からほぼ毎週通い続ける常連客の姿もあった。「唯一無二の味やね」「ぶれない美味しさ。昔からずっと同じ味や」と話す常連客たち。
「やっぱり、これだけ人集めるいうのは人柄もあるんちゃいますかね」と権八さんの魅力にも触れる。
実は、権八さんが屋台を続けられた理由に、長年通い続ける常連客との間に生まれた言葉を超えたやり取りがあった。
「常連のお客さんがついてくれて、あの人は麺柔らかめとか硬めとか、ネギ多め、ネギ抜きとか…お客さんとのやり取りがさ、あうんの呼吸でできるっちゅうのが、絆というと大げさやけど励みになるやんか」と権八さんは語る。
地元・敦賀から都市部に出た若者たちが帰省の度に立ち寄る場所でもあった。「都会に出てる人らでも、帰ってきてやっぱ寄ってくれるやんか。この人らにも最後にもう1回ラーメン食べてもらいたいしな」
それでも、75歳になった権八さんが閉店を決意したのは、長年の立ち仕事で体が悲鳴を上げたことだった。
最後の一杯まで心を込めて屋台に
「左足に体重がかけられん…ずっと立ってるのがつらい」と打ち明ける権八さん。「自分の体調がもう限界に近づいた瞬間、もうこれ以上は無理やなっちゅうね」
閉店は、苦渋の決断だった。
屋台を閉めるのは8月15日。その最後の一杯まで、屋台に立ち続ける。「長い間、常連のお客さんも増えて、こんだけ寄ってくれるっちゅうことは大変ありがたいし、もう感謝の限りなんですわ」と目に涙を浮かべる。
33年間にわたり敦賀の夜を彩ってきた池田屋ごんちゃんの歴史は、8月15日をもって幕を閉じる。しかし、その味が途絶えるわけではない。
この店で3年ほど前から働いている夫婦が権八さんのスープの製法を受け継ぎ、屋号は変わるが同じ場所でキッチンカーの屋台ラーメンを始めるという。
敦賀の屋台ラーメン文化を支えた、池田屋ごんちゃん。一杯のラーメンが育んだ人と人との絆は、この先も続いていくことだろう。

