法務省は21日午前、2009年に大阪市此花区のパチンコ店に放火して5人を殺害し、死刑が確定した高見素直(すなお)死刑囚・58歳の死刑を執行した。
高見死刑囚はなぜパチンコ店に火をつけ5人を殺害したのか。そして裁判で精神疾患に罹患していることが認定されても、なお死刑が言い渡されたのはなぜなのか。
確定判決を元に事件を振り返る。
5人を殺害
2009年7月5日、当時41歳だった高見死刑囚は大阪市内のパチンコ店の店内でバケツに入ったガソリンを床にまき、複数のマッチを投げ入れて火をつけた。
火は店内に燃え広がり、店舗は全焼。客や店員ら5名を焼死させた他、10人に重軽傷を負わせた。何の落ち度もない5人を無差別に殺害したのだ。
高見死刑囚は、事件の翌日に山口県の警察署に出頭し、逮捕された。
確定判決には、犯行に至るまで高見死刑囚がどんな人生を歩んできたのか記されている。
覚醒剤で逮捕も結婚し子供が
確定判決によると、高見死刑囚は1991年ごろから覚せい剤を使い始め、半年ほど使用を続けた後覚せい剤取締法違反で逮捕された。翌年に懲役1年2か月執行猶予3年の判決を受けたが、高見死刑囚はこれ以降覚せい剤を使用していない。
判決後、人に見られているなどの感覚を持つようになり、暴力団から追われているとの妄想を抱いて、自ら指を切り落とす事もあったという。
高見死刑囚は入院し、覚醒剤による精神疾患と診断され治療を受けた。
その後福岡県に移住して溶接工やダンプカーの運転手をしながら、結婚して2人の子供ももうけた。1998年ごろ、当時30歳だった高見死刑囚は長距離トラックの運転手をするようになる。
その時、激務の中で突然「おーい、聞こえるかい」という声が聞こえたという。この声が女の超能力者である「みひ」と名乗ったというのだ。もちろん、超能力者の「みひ」など存在せず、幻聴である。
超能力者「みひ」
幻聴や体調不良に見舞われた高見死刑囚は2001年、他人の乗用車にドライバーで傷を付けて罰金5万円の略式命令を受ける事件を起こす。仕事は解雇され、離婚もした。
その後は就職した会社の部門が廃止されたり、倒産したり、税務署の査察を受けるなどして次々に仕事を変えざるを得ない状況となった。

高見死刑囚は、これらは「みひ」の仕業と思うようになった。
また生活が行き詰まったら、不特定多数の人を殺そうと考えるようになったという。
そして、2009年、仕事内容や給料面に対する不満から会社を退職した高見死刑囚はパチンコ店に火をつけて無差別大量殺人を行うと決意。ガソリンを購入する際には、「みひ」から「かわいそうなことしなさんなよ」という幻声を聞いたものの、これを無視して犯行に及んだのだ。
「みひ」や世間に仕返ししたい
確定判決によると、犯行当時の高見死刑囚は、身の回りで起こる不都合なことは、自分に取り憑く「みひ」という超能力者や、その背後にいる「マーク」という集団の嫌がらせにより起こるものだと考えていたという。
世間の人たちも、「みひ」が自分に嫌がらせをしていることを知りながら、見て見ぬふりをして「みひ」らに手を貸しているのだと思い込んでいたとしている。
犯行の直前には、次の仕事がなかなか見つからなかったことから、「まともな生活が送れなくなりつつある」「念願の無差別殺人事件を起こして、『みひ』や世間に仕返ししたい」などと考えて、無差別殺人の実行を決めたとしている。
精神疾患への罹患を認定
裁判所は、犯行当時高見死刑囚が精神疾患に罹患していたことは争いがないと判断。
その精神疾患がどのようなもので、犯行にどのような影響を与えたのか、その影響の程度が心神耗弱を疑わせるようなものかを争点とした。
検察・弁護側の主張
検察側は、「被告人の精神疾患はいわゆる覚せい剤精神病であり、これが犯行動機に一部影響していたものの、被告人の判断や行動を支配したり、強い影響を与えるまでには至っていない」と主張。
一方弁護側は、「犯行は妄想により引き起こされたものであり、妄想のため、被告人の善悪を判断する能力がゆがめられ、犯行に及ぶことが被告人にとって必然となっていた」「犯行当時、被告人は、善悪を判断する能力またはその判断に従って行動をコントロールする能力が著しく低下していた疑いがある」と指摘。
完全責任能力はなかったと主張した。
3つの鑑定
裁判所は、証拠として提出された高見死刑囚に関する3つの精神鑑定結果について詳細に検討した。
3つの鑑定はすべて高見死刑囚が精神疾患に罹患していたとしている。

そのうち2つは覚醒剤の使用による精神疾患だとしていて、幻聴が10日ほどで消えていること、幻聴の言いなりになっていないことなどから、統合失調症による妄想ではなく、「自分の意志で犯行を回避することは可能だった」などと評価した。
一方もう1つの鑑定結果では、高見死刑囚は「統合失調症の妄想に突き動かされて犯行に及んだものであり、当時被告人自身が善悪の判断をし、それに従って行動することは著しく困難であった」と評価した。
3番目の鑑定結果を否定
裁判所は3番目の「統合失調症」との鑑定について、高見死刑囚は犯行直前に幻聴を多く聞いていたと鑑定人が公判で発言し、検察官から供述と異なると指摘されると「自分の思い込みかもしれない」と鑑定人が答えたことを問題視。
「本件のような犯行に及んだこと自体を異常と捉え、妄想に突き動かされたとしなければ、その説明が付かないと考えているからであろう。結論を先取りして、犯行に至るまでの事実関係を無視するものだといわざるを得ない」など厳しく指摘して、高見死刑囚の完全責任能力を否定する鑑定結果を採用しなかった。
「冷静に犯行に及んでいる」
裁判所は、高見死刑囚が初めて「みひ」の幻声を聞いてから10年以上も特に支障なく日常生活を送ったと指摘。
「妄想と現実世界の折り合いを付けながら、社会のルールに従い、長年生活してきた。犯行当日も従前と特に異なる精神状態に陥った様子はなく、久しぶりに聞いた『みひ』の幻声も無視し、計画どおりに周到に準備をし、大量無差別殺人の実現と自らの身体の安全の確保のために、通常人以上の注意を払って冷静に犯行に及んでいる」と評価した。

そして、「本件犯行が、社会的に到底許されない、死刑になるような重大犯罪であり、それを実行することで自分がどのような立場に置かれるか、また家族にも迷惑が及ぶということを十分に認識していた」と認定。
高見死刑囚は犯行直前、生活保護の受給についても検討したが、趣味もある程度楽しめるような生活水準を下回るのは嫌だと考え、受給しなかったとも指摘した。
さらに、仕事が見つかったら犯行をやめようと考えて、ギリギリまで職の斡旋を頼んだ友人からの連絡も待っていたという。
完全責任能力を認定
これらの事実を受け、裁判所は、「みひ」の存在を信じて世間に恨みを抱いたことなどから「犯行の端緒は精神疾患によってもたらされた」としながらも、「恨みを晴らすか、またどのような形で晴らすかということは自ら判断して決めた」と認定した。
その上で、「決めたことを確実に実行するため、極めて合理的に行動している。犯行後の行動にも異常な点は認められない。妄想はあっても、被告人が犯行当時それに影響されることなく、主体的に判断し行動できていたことは明らかである。精神疾患の影響はあくまでも間接的なものにとどまり、大きなものではない。被告人が完全責任能力を有していたことに疑いはない」と断じたのだ。
動機はうっぷん晴らし
裁判所は、犯行動機を「うっぷん晴らし」「八つ当たり」「自分本位で身勝手」「反社会的」と断罪。生きている人間を焼き殺したことについても「極めて残虐」と強く批判した。
さらに5人が死亡するという結果の重大性、遺族の処罰感情が峻烈であること、社会的影響も重大であることも指摘。
犯行のきっかけに精神疾患の影響があったとしても、「あまりに凶悪で重大」であるとして、更生の可能性を有利に考慮できないと判断。「死刑をもって臨むしかない」と断じた。
高見死刑囚の死刑は、2026年8月21日、執行された。

