「離婚することになっている」——。
駐在先のタイで出会った男性の言葉を信じ、交際・妊娠・出産へと進んだ女性。しかし、贈られた指輪も「協議離婚が無効になる」という入籍延期の言い訳も、すべて既婚を隠すウソだった。女性は「独身偽装」の男性を提訴し、東京地裁は11日、不法行為を認定。308万円の支払いを命じた。生々しい裏切りの全貌に迫る。
きっかけは「駐在中の不倫」
海外駐在という特別な環境下で出会い、言葉を交わし、愛を育んできたはずの男女であったが、その甘い関係の裏には、いくつものウソが張り巡らされていた。
田中雪乃さん(仮名・30代)と寺島武さん(仮名・40代)は2022年4月、ともに駐在していたタイで、共通の知人を通じてバーベキューパーティーで知り合った。
当時、武さんには妻がいたが、2人は2023年1月から交際を開始。3月に雪乃さんが日本へ帰国した後も、武さんが一時帰国する形で交際は続いた。
その年の8月に雪乃さんの妊娠が判明。2024年4月に長女を出産した。
雪乃さんは武さんと同居するために賃貸借契約を締結。申込書には武さんが婚約者・入居予定者として記載されており、武さんはそれを承諾していた。
しかし、2025年5月頃から武さんは突如として、雪乃さんからの連絡に応答しなくなった。そしてその直後、雪乃さんのもとにSNSを通じて「武さんの婚約者」を名乗る女性から連絡が入ったのだ。
「離婚するから付き合いたい」
原告、雪乃さんの主張はこうだ。
武さんは雪乃さんに対して妻がいることを明かした上で、「離婚することになっているから付き合いたい」などと言って交際を申し入れたという。
そして、雪乃さんが帰国した後、武さんは「離婚が成立した」と伝え、雪乃さんにプロポーズをした。
しかし、婚約したにも関わらず入籍しなかったことから、雪乃さんや雪乃さんの両親が武さんを問いただすと、「既に成立した妻との離婚協議が無効になる可能性があり、重婚状態になるのを防ぐために雪乃さんとの入籍を見合わせている」との“説明”をしたという。
雪乃さんは、「離婚した、または離婚協議中であるとのうその説明で交際を始め、雪乃さんの人格権や貞操権を侵害した」と主張。妊娠・出産までさせたとして、武さんに対して慰謝料のほか、出産費用や同居するために契約した家の賃料の半額など、総額約1035万円の支払いを命じるよう、裁判所に提訴した。
被告側は「プロポーズ」否定
一方で被告の武さんは、知り合った当初から、自分は結婚していると伝えていて、離婚が成立したと雪乃さんに告げたことはないと主張した。
「ゆくゆくは結婚したい」との気持ちを伝えたことはあるが、プロポーズではなく、婚約もしていないとし、雪乃さんの主張を真っ向から否定した。
また「協議離婚が無効になる」との発言は、雪乃さんの母親から強く責められ、その場しのぎで言ったと主張。さらに、自身の両親に雪乃さんを紹介していないことからも、婚約者として考えていなかったと主張した。
明かされた「プロポーズ大作戦」
両者の主張は真っ向から対立したが、裁判所は証拠に基づき、以下の通り事実認定した。
まず2人が交際するにあたり、武さんが「妻と離婚することになっているから付き合いたい」と言ったと認定。雪乃さんが帰国するまで、毎日のように武さんは雪乃さんの家に泊まっていたという。
雪乃さんの帰国後に、武さんは雪乃さんの両親に会っている。さらに、横浜のホテルに宿泊した際、武さんは雪乃さんに指輪を贈り、プロポーズ。2人は婚約していたと裁判所は認定した。
裁判所は指輪が結婚指輪のブランドとして知られている宝飾店で買ったものであることに加え、このときに2人が写真を共有したアルバムの名前が「プロポーズ大作戦」であり、雪乃さんが「プロポーズありがとう」と書き込んでいたことなどを指摘。「プロポーズしていない」という武さんの主張を一蹴したのだ。
「離婚した」とのウソを認定
さらに、武さんの離婚を巡っても両者の主張は対立していたが、裁判所は「離婚した」というウソをついていたと認定した。
雪乃さんと入籍しようとしないことを問いただされたときの、「既に成立した妻との離婚協議が無効になる可能性があり、重婚状態になるのを防ぐために雪乃さんとの入籍を見合わせている」との“説明”などについては、武さんが「妻と離婚したことを前提とした行動をとっている」と認めた。
「その場しのぎの発言」との武さんの主張についても、「そのような言い逃れをしなければいけない状態に追い込まれたのは、武さんが実際には離婚していないのに離婚したとの虚言をそれ以前に述べていたからと解するのが自然」とした。
実際には離婚していないにもかかわらず、離婚したとのウソを述べて雪乃さんとの交際や婚約を維持し、妊娠・出産に至らせた武さんの不法行為を明確に認定したのだ。
裁判所「人格権を深く侵害した」
東京地裁は今月11日、雪乃さんの請求を一部認め、武さんに対して308万円およびこれに対する遅延損害金の支払いを命じる判決を言い渡した。
婚姻できるという強い期待を抱かされたまま交際を継続させられ、妊娠・出産に至りながら裏切られた点などを考慮し、慰謝料を280万円、弁護士費用を28万円と認めた。なお、出産費用および家賃負担分については、対価的性質や契約に基づくものであるとして不法行為との因果関係を認めず棄却した。
独身と偽り女性を騙し続けた男性のウソは法廷で明るみとなり、「人格権を深く侵害した」と断じた裁判所が300万円超の賠償命令を下した。
