2026年7月28日、熊本県を中心とする地域を突如襲ったマグニチュード7.1の「令和8年熊本地震」は、最大震度7の揺れをもたらし、国内社会に大きな衝撃を与えた。

令和8年熊本地震でも台湾からはいち早く支援の手が
令和8年熊本地震でも台湾からはいち早く支援の手が
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発災直後から国内の救助活動が急ピッチで進められる中、海を隔てた台湾からは即座に手厚い哀悼の意と大規模な救援物資・義援金の寄付が表明された。

民間の寄付はすでに10億円超

台湾外交部によると、民間から集められた寄付は8月7日時点で1万5000件を超え、総額2億台湾元(約10億円)に達しているという。

頼清徳総統も個人として約100万円の寄付を表明
頼清徳総統も個人として約100万円の寄付を表明

また台湾当局からは500万台湾元(約2500万円)の寄付が発表された。頼清徳総統、蕭美琴副総統、行政院の卓栄泰院長(首相)も個人として20万台湾元(約100万円)を寄付すると表明。被災地熊本に工場を持つ世界的な半導体企業「TSMC」も2億5000万円の寄付を発表するなど、官民挙げての支援が行われている。

TSMCも巨額な寄付を表明
TSMCも巨額な寄付を表明

2011年3月の東日本大震災において、台湾が世界中で最も多い巨額の支援金を日本へ贈った記憶は今なお鮮明であるが、今回の熊本地震においても、台湾の迅速かつ積極的な姿勢は他とは一線を画すものであった。

募金を呼びかけるチラシ
募金を呼びかけるチラシ

なぜ台湾はこれほどまでに日本への支援を重視するのか。その背景には、人道的な善意や歴史的親近感だけでなく、極めて冷静で切実な地政学的現実も影響していると考えられる。

善の循環

日本と台湾のあいだには、自然災害のたびに互いを助け合ってきた善の循環とも呼ぶべき歴史がある。

東日本大震災での台湾からの圧倒的な義援金や、その後の台湾東部地震において日本側が迅速に専門チームを派遣して送った支援など、市民レベルでの温かな情愛が互いの関係を支える土台となってきたのは確かである。

台湾は東日本大震災に際し200億円以上の義援金を送ってくれた
台湾は東日本大震災に際し200億円以上の義援金を送ってくれた

しかし、今世紀に入ってからの情勢変化を鑑みるに、この人道支援の活発化を友愛や善意だけで説明することも難しい。その背後には、急速な変化を遂げる地政学的環境と、台湾が置かれた厳しい安全保障上の現実が強く作用している可能性がある。

中国の台頭

最大の背景として考えられるのが、今世紀に入って加速した中国の大国化と軍事力の増強である。

中国の台頭が日台友好関係の背景に
中国の台頭が日台友好関係の背景に

中国は台湾に対する統一の意思を明確にし、軍用機による台湾周辺での活動や台湾海峡周辺での軍事演習を繰り返している。台湾内部において安全保障上の脅威認識が高まる中、ロシアによるウクライナ侵攻や中東での激しい武力衝突など、大国間の対立や武力行使が国際秩序を揺るがす事態も相次いでいる。

中国軍による台湾攻撃のシミュレーション
中国軍による台湾攻撃のシミュレーション

こうした世界情勢を目の当たりにする台湾にとって、自らを取り巻く安全保障上の危機は、もはや遠い未来の可能性ではなく、極めて切迫した問題として認識されている。

このような緊張下において、台湾にとって日本は地政学的に極めて重要な存在となっている。

災害支援と台湾の安全保障

九州から沖縄諸島、そして与那国島へと連なる日本列島は、台湾とともに西太平洋の安全保障環境を形成する重要な地域に位置している。

中国軍による台湾周辺での軍事演習 資料
中国軍による台湾周辺での軍事演習 資料

仮に台湾海峡で重大な有事が発生すれば、日本の南西諸島や在日米軍基地なども安全保障上の影響を受ける可能性が高く、日台双方の安全保障環境が相互に影響し合う側面は否定できない。自衛隊や米軍の存在を抱える日本の安定と、日本社会における台湾への理解や支持は、台湾の安全保障を考えるうえで重要な意味を持つ。

台湾が日本の激甚災害に対して積極的な支援を行う背景には、こうした安全保障上の計算が何らかの形で影響している可能性もある。もちろん、個々の支援行動を直ちに対中戦略と結び付けるべきではない。しかし、災害支援という普遍的な人道行為を通じて日本社会との信頼関係を深め、その結果として台湾への理解や親近感が強まることは、台湾にとって外交的にも戦略的にも有益である。

国交が存在しないという制約の中で、人道交流や人的交流を積み重ねることは、日本との実質的な関係を維持・強化する重要なソフトパワーの手段になり得る。

なぜ日台に親近感?韓国と比較

一方で、なぜ日台関係は、近年著しく改善し安全保障上の協力が進む日韓関係と比べても、より深い親近感を形成しやすいのだろうか。

日韓両国はともに米国と同盟国であり、民主主義や市場経済という価値観を共有する公式な国家同士である。日韓関係の安定化は地域の平和にとって不可欠であり、戦略的パートナーシップの重要性は日増しに高まっている。

日韓関係は現在非常に良好だが…
日韓関係は現在非常に良好だが…

しかし、歴史問題やナショナリズムに起因する政治的摩擦が折に触れて表面化しやすい構造的課題を抱えているのも事実である。政治情勢によって世論が悪化すれば、政府間の協力にも影響が及ぶリスクを常に抱えている。

中国が台湾のパイナップルを禁輸した際、日本では台湾産パイナップルを食べる支援の輪が広がった
中国が台湾のパイナップルを禁輸した際、日本では台湾産パイナップルを食べる支援の輪が広がった

これに対し、日台関係においては、現在の政治関係をめぐる制約は存在するものの、台湾社会における日本への比較的高い親近感や、日本文化・社会への関心が長年にわたって存在している。

さらに、台湾が国際社会において外交的な制約を抱えているという特殊な状況も、同じ民主主義の価値を共有する日本への信頼を強める要因の一つとなっていると考えられる。こうした社会的な親近感は、政府間関係だけでは説明できない日台関係の強さを支える重要な基盤となっている。

共通の脅威「中国」

さらに重要なのは、両者が置かれている安全保障環境の接近である。

韓国は北朝鮮という直接的な脅威に対峙する一方、中国との経済関係や外交的バランスも考慮する必要がある複雑な立場にある。これに対し、台湾にとって中国は安全保障上の最大の懸念の一つであり、その脅威認識は非常に強い。

そして日本にとっても、尖閣諸島周辺や台湾海峡の安定は、自国の安全保障環境と密接に関係する問題である。したがって、日台双方が中国の軍事的圧力を共通の戦略環境として認識しやすいことは、両者の地政学的な連携を促す重要な要因になっている。

手厚い支援の理由

2026年7月28日の熊本地震に対する台湾の迅速かつ手厚い支援は、困難に瀕した友を助けたいという純粋な善意の表れであると同時に、より広い地政学的文脈から捉えることもできる。

東日本大震災から10年後、台北には支援への感謝の言葉を刻んだ石碑が
東日本大震災から10年後、台北には支援への感謝の言葉を刻んだ石碑が

台湾側に明確な対中戦略上の意図があったと断定することはできないものの、人道支援を通じて日本社会との信頼関係を深め、その結果として日台の人的・社会的・政治的な結び付きを強化することには、外交・安全保障上の意味がある。

台湾の高雄市は飲料水や衛生用品など計132箱の支援物資を八代市へ届けた 写真:高雄市
台湾の高雄市は飲料水や衛生用品など計132箱の支援物資を八代市へ届けた 写真:高雄市

東日本大震災から今回の熊本地震に至るまで紡がれてきた相互支援の歴史は、単なる善意だけでも、純粋な地政学的計算だけでも説明できない。そこには、人道的な情愛と相互利益、そして変化する安全保障環境の中で形成される戦略的な現実が重なり合っている。

こうした複合的な要因こそが、今後の日台関係をさらに強固なものにしていく可能性がある。

【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】

和田大樹
和田大樹

CEO, Strategic Intelligence Inc. / 代表取締役社長
専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障、地政学リスクなど。海外研究機関や国内の大学で特任教授や非常勤講師を兼務。また、国内外の企業に対して地政学リスク分野で情報提供を行うインテリジェンス会社の代表を務める。