砂むし温泉で全国に名を知られる鹿児島県指宿市の海岸に、この夏、海水浴場が20年ぶりによみがえった。波打ち際で水しぶきを上げて遊ぶ子供たち、透明な海に飛び込む歓声——かつてこの浜を彩っていた光景が、令和の夏に形を変えて戻ってきた。250億円近くを投じた大規模な海岸整備と、地域住民の長年にわたる粘り強い要望活動。その積み重ねが実を結んだ夏の物語を追った。

これまでの記事▶145年前の豪商の商家がホテルに「ホテル ラッカン」 泊まれるバスが鹿児島に誕生!「開聞岳と夕日の絶景」

「ちょっとずつできていたので楽しみにしていた」

海水浴場が開設されたのは、錦江湾に面する指宿港海岸の一角だ。砂むし温泉で有名な施設やホテルが立ち並ぶ延長約2キロの海岸線のうち、整備が完了した第二工区が今回の舞台となった。

この記事の画像(17枚)

オープン当日、砂浜には多くの市民が詰めかけた。浮き輪に身を任せてゆったりと波に揺れる子供、はしゃぎながら水しぶきを上げる小さな体。それを岸から目を細めて見守る保護者の姿もあった。「子供が楽しそうでよかった。ちょっとずつ砂浜ができていたので楽しみにしていた」。そう語る指宿市民の表情には、長い待ち時間がようやく報われた安堵感がにじんでいた。

指宿市の渡部徹也副市長は開設の日、こう言った。「私たちの街に海水浴場が帰ってきました。誰もが笑顔いっぱいで楽しめる運営に努めたい」。

砂浜の消滅と高まる災害リスク

指宿市に海水浴場がなくなったのは2006年のことだ。かつて1980年代には約3万人を誇った利用者数は年々減り続け、閉鎖時には7000人を下回っていた。その主な原因は、台風の襲来などによる砂浜の流失だった。

砂浜が失われた影響は海水浴場の閉鎖にとどまらなかった。指宿港海岸では道路の陥没が起き、高波が民家へ押し寄せるなど、地域住民の暮らしに直結する災害リスクが高まっていった。「指宿は海に面した観光地だから、『海がもう少し充実していたら』とみんな思っているのでは」。指宿港海岸保全推進協議会の別府竜人副会長はそう振り返る。

こうした状況を受け、住民や観光団体などの間で海岸整備を求める声が高まり、2009年から要望活動が本格化した。その5年後、ついに国が整備工事に乗り出すことになる。

250億円の大事業——砂浜をよみがえらせる

2014年度に始まった指宿港海岸の整備事業には、250億円近い巨費が投じられ、現在もなお続いている。工事の規模を象徴する場面がある。「海岸に砂を敷くトラックがやってきました。多い日で1日当たりおよそ400立法メートル。25メートルプールにして2杯分の砂が持ち込まれるということです」。取材した記者がそう伝えたほどの大工事だ。

海岸は3つの工区に分かれており、第一・第二工区はすでに砂浜がよみがえり、現在は第三工区の整備が進む。海上には砂の流失を防ぐ突堤も設置されており、かつての悲劇を繰り返さないための備えが着々と積み重ねられている。

今回の海水浴場の開設は、整備が終わった第二工区の利活用を探る実証実験という位置づけでもある。指宿市都市・海岸整備課の出口拓也さんはこう説明する。「指宿市民からの海水浴場の要望があった。試しに1回やってみて、本当に指宿市に海水浴場が必要なのか確認したい」。

浜競馬、ホーバークラフト——かつての海辺の記憶

整備が進む海岸線を懐かしむように見つめる人がいた。海水浴場のすぐそばでガス会社の役員を務める肥後敏光さん(76)だ。この場所で生まれ育ち、かつての浜の姿を鮮明に記憶している。

「水泳パンツにテグスをくくり、釣り針を3本、10メートル先につけ、それにゴカイをつけて泳ぐ。岸から200、300メートルの所へ。帰ってきたら3匹キスが釣れたり、ゴッババ(メブチ)もいたが」。昔の記憶を語る肥後さんの声には、どこか誇らしさが混じっていた。

かつての砂浜は今よりもずっと豊かだった。砂むし温泉はもちろん、毎年春には浜競馬も開かれていたという。「ここの浜を走る。200メートル先から川の所まで。歓声がすごかった。『ワー』と言って、みんな自分の馬を応援するわけだから」。指宿が新婚旅行ブームに沸いた昭和40年代には、海岸にホーバークラフトが乗り入れていたこともあったそうだ。

浜競馬の様子
浜競馬の様子

「自分たちの世代でつくっていかなければ」——孫が見た変化

肥後さんの孫、美咲さん(24)は、指宿港海岸のすぐそばで1棟貸し切りの宿泊施設を運営している。その窓から、海辺が少しずつ変わっていく様子を映像に記録し続けてきた。

「恋人と来て家族と来てという風に、毎日、人が来るような場所に変わったと思う」。砂浜の再生が人の流れを変え始めていることを、美咲さんは肌で感じている。

と同時に、その変化を地域の若い世代が主体的に育てていくことへの強い意識もある。「自分たちが生まれ育った指宿を、私たち世代でつくっていかなければと強く思っていて、海を盛り上げていきたい」。祖父が子供のころに慣れ親しんだ浜を、孫世代が新しい形で再生しようとしている。

非日常が交差する海辺の空間

2006年の閉鎖から20年。復活した海水浴場は、ただ泳ぐだけの場所ではない。有料で体験できる多彩なアクティビティが設けられており、巨大な海上アスレチックや、透明な球体に入るウォーターバルーンボールなど、非日常の体験が指宿の自然と交差する空間になっている。

海水浴場を訪れた小学生は「楽しい夏休みにしたい」「普通のプールしか入ったことなかったが、思いのほかちょうどいい温度で泳ぎやすい」と口々に話した。保護者からも「私はギリギリ小学生の時に海水浴場で泳いだことがある。いっとき無くなっていたのですごく感慨深い。自分たちと同じ体験を子供がして、親としてもうれしい」という声が上がった。

この30年、全国的には海水浴場が減り続けている。そんな時代の流れに逆らうように、指宿はあえて海水浴場を復活させた。砂浜の再生と並行して進む緑地帯の整備も含め、海から始まる新たな街づくりが、この夏、指宿の街をどう変えていくか——その答えは、まだ始まったばかりだ。

なお、指宿港海岸の海水浴場は夏休み期間中の8月31日まで開設されている。

【動画で見る▶20年ぶりに砂浜が戻った 指宿市に海水浴場オープン 250億円をかけた海岸再生の今】

この記事に載せきれなかった画像を一覧でご覧いただけます。 ギャラリーページはこちら(17枚)
鹿児島テレビ
鹿児島テレビ

鹿児島の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。