145年前に建てられた白い漆喰の壁を持つ豪商の商家が、ホテルに、食事処に、美容室へと生まれ変わった。「全国どこにもないだろう」と語るキーマンが手がけた、今と昔が融合する新しい空間が、鹿児島県志布志市に誕生した。

「全国どこにもないだろう」――志布志に眠っていた明治の商家

鹿児島県志布志市に、大きな白い漆喰の壁が目を引く歴史的な建物がある。今から145年前、明治時代に建てられ、しょうゆなどを扱っていた豪商の商家だ。「山中氏邸」と呼ばれるこの建物は、志布志市の指定文化財にもなっている。

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しかし近年は約20年近く手つかずのまま時間が止まっていた。そんな場所に目をつけたのが、今回のキーマンである武元隆さんだ。鹿屋市で長年にわたり美容室を経営してきた武元さんは、この建物に初めて足を踏み入れた時のことをこう語る。

「唯一無二の全国どこにもないだろう。似たような場所はあるが『ここはここだな』というパワーを感じた」

その言葉通り、武元さんはこの地で新たなビジネスに乗り出すことを決意。明治の面影を残したまま令和の時代にふさわしい空間へと再生させるプロジェクトが動き出した。

伝統工法と現代の法律――職人たちが挑んだ半年間の修復

今回のプロジェクトにあたり、県の建築審査会は山中氏邸に対して伝統的な工法を守ることを条件に建築基準法の適用除外を認めた。構造面や防火制限など、歴史的な価値を保護するために同法の適用が免除される。

文化財を使用するにあたり民間に適用除外を出したのは県内初のケースだ。

しかし歴史的建造物のリノベーションは、一筋縄ではいかない挑戦だった。訪れる人の安全を守りながら、同時に伝統的な工法を残す。その両立が求められたからだ。

設計を担当した結伝社の建築士・川畑まりかさんはこう振り返る。

「全部統一してあったのは石積みの上に柱が組まれていて、どこもボルトで固定されていなくて、今回建築基準法の適用除外を受けるにあたって、こういう歴史的な工法をきちんと残すことが条件なので、こういうものがどう造られていたかということを一番最初に調査してレポートを作ってその通りに直してもらった」

まず建物がどのように造られていたかを徹底的に調査し、記録としてまとめ、その通りに修復するという丁寧な手順が踏まれた。耐震補強のための壁は、歴史ある建物の雰囲気を壊さないよう配慮しながらも、あえてデザインを現代風に仕上げた。山中氏邸がこれから先、修復を繰り返しながら何百年と歴史を重ねる上で令和の時代に手を加えたものだとひと目で分かるようにするための配慮だ。

一方、左官職人で岩根工業の岩根宏紀さんは土とわらを使う伝統工法で壁を仕上げた。「土にわらを混ぜる作業は1年前から始めた。まだ正式に仕事の依頼が来ていなかったけどね。何度も何度もわらが発酵して細くなる度に新しいわらを足して材料を作っていって現場に持って行った」

多い時には1日30人もの職人たちが集まり、約半年をかけた修復作業がようやく完了。令和6年5月1日、山中氏邸はついにオープンの日を迎えた。

おにぎり・ホテル・美容室――一棟に詰め込まれた新しい体験

生まれ変わった山中氏邸の中には、複数の施設が同居している。

主屋の1階に入るのは、おにぎりと定食の店「山中商店」だ。テイクアウトできるおにぎりやおかずが並び、オープン直後から行列ができるほどの賑わいをみせた。定食のイチオシは、香ばしい香りが食欲をそそる醤油唐揚げ。近所の人からは「すごく楽しみに待っていた」「木のにおいもすごく良くてすごく素敵です」といった声が上がった。

主屋の2階は「ホテルラッカン」として生まれ変わった。当時の面影をそのままに、和風で落ち着いた客室が2部屋用意されている。お風呂はヒノキ風呂で、やすらぎの時間が過ごせる贅沢な空間だ。

そして、かつて蔵だった場所は武元さんの本業である美容室に姿を変えた。ホテルの宿泊者がスパでリラックスできるプランも用意されており、宿泊と美容体験を組み合わせた独自のサービスが楽しめる。また、武元さんは「近年、大隅で結婚式を挙げる若者が少なくなっている」と話し、山中氏邸にある大広間や美容室をフル活用して「宿泊できる結婚式」を提案したいと意気込む。

さらに、敷地内にあった醸造所はベーカリーとチーズケーキ専門店へ。現在は準備段階にあるが、2026年8月のオープンを予定している。歴史の積み重なった場所で楽しむ焼きたてのパンやチーズケーキ――その日を心待ちにしている人も多いだろう。

江戸時代の武家屋敷もホテルへ――「地元の魅力を誇れる建物に」

今回リノベーションされたのは山中氏邸だけではない。山中氏邸から車で5分ほどの場所にある武家屋敷「木下氏邸」も、1棟貸し切りのホテルとして生まれ変わった。江戸時代に建てられたとされるこの建物には、サウナも完備されており、こだわりの空間として仕上げられている。

武元さんはこのプロジェクトに対する思いをこう語る。

「市の指定文化財ということで県内でも民間が触ることが初ということで、責任感を感じつつも『地元にもすごく魅力的な建物があるよ』と誇れる建物になれば」

前述の川畑さんは「民間の利益こそが歴史的な建造物を守りことにつながる」と語る。歴史的な建造物を使いながら守っていく“新しいカタチ”は今後、広がりを見せそうだ。

志布志に新たなにぎわいを

山中氏邸の完成を、武元さんたちは鏡開きで祝った。「よいしょ、よいしょ、よいしょ」の掛け声とともに幕を開けたこの場所は、かつてしょうゆを扱う豪商が商いを営み、長い年月を経て眠り続け、そして令和の時代に再び人々を迎え入れる場所となった。

「こんな場所でできれば『めっちゃかっこいいじゃん』『幸せだなー』みたいな」と武元さんが語るように、この空間には単なる商業施設を超えた、場所への愛着と情熱が宿っている。

明治・江戸の歴史的建造物が新たな役割を担い、志布志市に新しいにぎわいを生み出す。山中氏邸と木下氏邸、この2つの場所がこれからの地域にどんな風景をつくっていくのか、注目したい。

【動画で見る▶志布志市の明治建築「山中氏邸」が令和に復活 ホテル・飲食・美容室が集結した文化財リノベの全貌】

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