ロッカーを使うために100円を入れ、鍵を開けたときにドアの受け皿に戻ってきていた100円が、なくなっていました。
警察にも届けず、この被害はどの統計にも存在しません。
もちろん、100円と空き巣やその他の被害を、同じ重さで語るつもりはありません。
ただ、されど100円です。
断水がなければ、私はその銭湯へ行っていません。あれは、災害がなければ起きなかった被害です。
そして、「こんなときだからこそ助け合わなければ」と思っていた中で起きた小さな窃盗に、金額では測れない現実を突きつけられた気がしました。
その後、仕事を通じてさまざまな被害を耳にする中で、あのときの被災地には、統計に残らなかった犯罪がほかにも数多くあったのだろうと感じています。
災害が起こらなければなかった被害
先ほど、被害が数字に反映されないことがあると書きましたが、災害が起きると、私の体験のように、日常では遭わなかった様々な犯罪被害に遭う可能性も生まれます。
まず、災害直後には、無人になった家や店舗を狙う窃盗が起こります。避難生活が始まれば、避難所での置き引きや車上狙いも起こります。
性暴力やDVも、過去の災害で実際に起きています。内閣府のガイドラインは、災害時は被害者が相談すること自体が難しく、声を上げられず、被害が潜在化する懸念がある、と明記しています。届けられないまま数字にならない。ここでも同じことが起きています。
さらに復旧が始まると、屋根の点検やブルーシートの設置、保険申請などを口実にした詐欺や悪質商法が近づいてきます。被災者を支えたいという善意を狙った義援金詐欺も起こります。
被害は、災害直後だけで終わりません。人が戻らない家や復旧途中の建物が残る限り、長期的な注意が必要です。実際、能登半島地震後の2025年、奥能登4市町の窃盗犯の認知件数は、地震前(2023年)の約2.9倍でした。災害が起きなければ被害に遭わなかった人が、天災の後に人災の被害者になる。
被災したうえに、もう一つの被害を受けることは、あまりにも理不尽です。
デマを広げるのは、自分かもしれない
もう一つ、災害時に急増するSNS上のデマや虚偽情報も、身近な問題です。これは決して他人事ではありません。
実は、NICT(情報通信研究機構)の分析によると、能登半島地震では、発災後24時間以内にXへ投稿された救助要請のうち、約1割がデマと推定されています。

