夏の甲子園を目指す高校野球・熊本大会。球児たちの熱戦が行われています。菊池高校野球部では、プロ野球の世界で活躍した経験を持つOBが、2025年に監督に就任。選手たちとともに母校を盛り上げようと、日々奮闘する姿を取材しました。
「いいスローイングはいい補球から」
菊池高校野球部監督、坂口千仙さん。プロ・アマ通じて50年、野球とともに生きてきました。菊池高校から九州産業大学に進み、1984年のドラフトで南海ホークスに入団。以降、ダイエー・日本ハム・ヤクルトで内野手として活躍しました。

坂口監督は「(打球と)同じスピードで来るから(ボールと)衝突するったい。そこは自分で分からないかん」や「(ボールに対して)入っていかな」、「(足を動かして)体重移動したら、軽く投げても素直な送球がいく」と生徒たちに指導します。

生徒数減少や野球離れに危機感を抱いた菊池高校OBからの熱心な誘いに応え、2025年に福岡からふるさとに戻りました。監督に就任後は、身振り手振りを交えながら選手に向き合い、指導する毎日です。

坂口監督は「いいスローイングをするためには、いい捕球から始まらないかん。自分の懐(の深さ)を作るように努力して。強弱つけて、忍者になったつもりで」と話します。
「上手い選手じゃダメ、良い選手に」
午前6時からの朝練を終えた坂口さん。その姿は学校からほど近い場所にありました。菊池市内で養鶏と卵の販売を行うコッコファーム。ここが坂口さんの職場です。

清潔な仕事着に身を包み、卵の成分を使った健康食品の検品を担当します。積み込みと配送も坂口さんの仕事。トラックのハンドルを握り、一路、熊本市内を目指します。額に汗を浮かべながら、黙々とコンテナから商品を降ろしていきます。得意先への納品が終了するとようやくホッと一息です。

坂口監督は「簡単な仕事ですけど、けっこう腹筋・背筋と一緒で(きつい)」と話し、仕事が終わると、また菊池高校のグラウンドに戻り、野球と向き合います。

この日はあいにく雨交じりの練習。夏の大会が近いというのに、選手たちもどこか集中力を欠いていました。ミーティングで、すかさず坂口さんの厳しい声が飛びます。

坂口監督は「いつも言ってるよね、1年でスタメンで出るんだから『人よりボール拾い、グラウンド整備、しっかりやりなさい』と言うとるよね。俺が見とる時はしっかりしようけど、見てない時はテレッと。俺、陰に隠れてちゃんと見とうよ。そういうことじゃつまらんよ。上手い選手じゃダメなんだ。『良い選手』にならないと」と注意します。

菊池高校の原武瑛太主将は「(監督は)厳しいところもあるんですけど、雰囲気良く、自分たちがテンション下がっている時も、上がるような声かけをしてくださって、チームの雰囲気は良くなったと思います。怒られた後のフォローとかもしてくださって、そこはやりやすいと思います。ドキドキもするんですけど、練習から楽しんで、夏の大会に向けて頑張っていこうという気持ちです」と、坂口監督に信頼を寄せます。
「プレーだけじゃなくて私生活も」
野球と向き合うのはグラウンドだけではありません。福岡から菊池高校の門をたたいた2人の選手を預かり、下宿となっている一軒家で生活を共にしています。

菊池高校1年の阿部来音選手は「中学の時のクラブチームの監督が(坂口監督率いる)菊池高校を勧めてくれて。それで来ました」と話し、同じく1年の福浦桜太選手は「街とかは福岡に比べたら田舎な感じだけど、みんな優しくて面白い人がいっぱいいるので楽しいです」と話します。

野球部の後援会が準備してくれた夕食を囲みながら、坂口監督は「野球のプレーだけじゃなくて、普通の私生活でキチッとしておけば、プレーもキチッとなるんです」と人生論を選手たちに語りかけます。

ことし63歳の坂口監督、夏の大会に向けて「縁あって菊池に帰ってきて、周りの人にたくさん支えられている、助けられているんですよ。だからちょっとでも関わってくれた人たちに恩返し。それともう一つ『菊池高校、素晴らしいね』って、なってくれたらいいなと思ってます」と話します。

いつか母校を甲子園へと導く日を夢見て。愛する野球人生の締めくくりに、情熱を燃やす声がきょうも菊池のグラウンドにこだまします。
(テレビ熊本)

