広島南警察署をモデルにした“皆実署”が舞台のミステリー小説『こちらはただの「落とし物係」です!』が話題を集めている。主人公は刑事ではなく、落とし物を扱う行政職員の女性。物語の背景には、広島で育ち、警察官を経て作家となった仁科裕貴さんの歩みがあった。

小説の舞台は警察署の「落とし物係」

2025年に反響を呼んだミステリー小説『こちらはただの「落とし物係」です!』(潮出版社)。読者を惹きつける作品自体の魅力に加え、広島にゆかりのある人にはなじみ深い地名が多く登場することでも注目された。

旧広島南警察署の前を歩く作家・仁科裕貴さん
旧広島南警察署の前を歩く作家・仁科裕貴さん
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舞台のモデルとなったのは、かつての広島南警察署。作者で広島出身の作家・仁科裕貴さんが、老朽化した旧庁舎を懐かしそうに見上げた。
「当時と全く変わらずぼろぼろのまま。たぶん雨漏りとかしてる」
2023年に新庁舎へ移転し、人の気配が消えた建物。外壁には「広島南警察署」の文字の跡がうっすらと残っている。

『こちらはただの「落とし物係」です!』(潮出版社)
『こちらはただの「落とし物係」です!』(潮出版社)

この物語の主人公は、“有能な刑事”ではない。毎日のように持ち込まれる落とし物を管理する行政職員・音無遠子と、警察官の鳴上がコンビを組み、次々に起こる不可解な事件を解き明かしていく。
「一般人が触れ合える機関って遺失物係くらいしかないと思うんですよね。誰しも一度は落とし物を届けたことがあると思うので、一番メジャーな親近感のある部署を舞台にしようと」
さらに、主人公を行政職員にした理由について、「普通に腕利きの有能な刑事が事件を解いてもつまらないじゃないかと。一風変わった警察ものを書きたいという気持ちがあった」と話す。

反省文の文章にもこだわった学生時代

作家として「ありきたりなものは書きたくない」と考えてきた仁科さん。アイデアのヒントをくれたのは、意外にも散歩の時間だった。

「道端に落ちている落とし物を、そのままにしておくと車にひかれたり誰かに踏まれたりする。かといって交番に届けるのもちょっと面倒くさい。だから木の枝とかフェンスとか看板とかに拾ったものを置いておく。『なんでこの状況が生まれたんだ?』と推理するところから刺激を受けた。散歩はいいです、散歩はね」

雨の中、住宅街を歩きながら、中学・高校時代を過ごした母校へ向かう。
「もうすぐ修道が見えてきます」

広島市中区の修道中学校・修道高等学校
広島市中区の修道中学校・修道高等学校

幼いころから小学校受験のため塾に通い、勉強漬けの日々を送っていた。現実から逃れ、物語の世界に没入したい。そんな思いを抱えていた少年時代だったという。

毎日勉強ばかりで、娯楽を常に求めていた仁科さん
毎日勉強ばかりで、娯楽を常に求めていた仁科さん

学生時代、今につながる思い出深い出来事があった。
「僕も例にもれずいたずらっ子だったんで、反省文をとにかく書きました。毎日書いていましたね。でも作文が得意だったので、文章にこだわるんですよ。そしたら怒られている先生に『お前、文章うまいな』って言われるんです。それがうれしくて、またいたずらする」
そのとき先生が見抜いた才能は、やがて作家として花開くことになる。

警察官を経て、本気で作家の道へ

大学時代から本格的に小説を書き始め、新人賞にも挑戦した。しかし結果は出ず、就職の道を選ぶ。それでも小説家になる夢は諦めきれなかった。
「とりあえず働くんであれば、小説のネタになるようなところでいいんじゃないかと、警察を選びました」

小説家になるため、警察の仕事を選ぶ
小説家になるため、警察の仕事を選ぶ

奈良県警の交番勤務では強盗犯を捕まえるなど、成果を認められ、国家の安全を脅かす犯罪やテロを未然に防ぐ「公安」の部署に勤務した時期もあった。
だが、仕事は過酷だった。
「すごくしんどい仕事ではあったし、精神的にもだいぶつらい仕事だったので、これを一生続けるんかなって考えながら、小説家って楽そうだなってずっと思っていましたね」

現在は執筆活動に専念する仁科さん
現在は執筆活動に専念する仁科さん

退路を断ち、本気で作家として歩み始めた仁科さん。物語の舞台として思い浮かんだのは、中学から高校まで登下校で毎日のように目にした広島南警察署だった。
「僕にとっての思い出の地というか、だいたいあの辺で遊んでいたんですよね。自転車通学だったので、修道から御幸橋を渡ってすぐのあたりが南警察署だった。そこを舞台にしようと思いました」

主人公・遠子のモデルは? 続編も執筆中

警察小説というと男性読者のイメージが強い。だからこそ仁科さんは、この作品で女性読者を意識した。
「やはり普通の警察小説じゃだめだと思って、お仕事小説にしました。能動的に動く女性をメインに据えようと。結構、尖っている女性がいいなと思い、うちの嫁さんをモデルに書きました」
主人公・遠子のモデルになった妻の直子さんは、少し照れたように笑う。
「キャラがそんなに強烈だったのかなと思って」

主人公・遠子のモデルになった仁科さんの妻・直子さん
主人公・遠子のモデルになった仁科さんの妻・直子さん

2人の出会いは、自習室だった。
執筆のための利用者だった仁科さんと、その自習室の経営者だった直子さん。仁科さんの本が出るたびに新刊を届け、少しずつ言葉を交わすようになった。
デビュー当初から作品を読み続けてきた直子さんは、夫の文章の魅力をこう語る。
「まず文章が美しい。心情描写が素晴らしくて、背景描写も素晴らしい。読んでいると映像が目に見えるような物語を書くので、すごいなと思っていました」
仁科さんにとって、直子さんは創作活動の一番の理解者でもある。

主人公の相棒・鳴上のモデルについて語る仁科さん
主人公の相棒・鳴上のモデルについて語る仁科さん

一方、主人公の相棒である鳴上には自身の姿を重ねた。
「鳴上は僕です。昔の、悪い刑事だったころの僕ですね」

現在は『こちらはただの「落とし物係」です!』の続編を執筆中。
「大変です。どこまで書いていいのか…。ご当地色強めで2巻もお送りいたします」
広島の風景と思い出から生まれた不思議な物語は、これからも広がりを見せていきそうだ。

(テレビ新広島)

テレビ新広島
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