落語はまるでフルコースのよう

千葉県で生まれ育った一之輔さんは、子どもの頃は大人しく、10歳くらいまでは人見知り。

高校2年生のGW、浅草に行った際に初めて落語に出会ったという。

「寄席には緩やかな空気が流れている。聞く人もやる人もそんなに一生懸命じゃない感じ。眠っているおじさんもいる。ただ、ずっとそうではなくて、演者が変わり段々客席の熱が上がっていく。そして、トリが出てきた時に『ドーーン!』と大爆笑が起こり終わっていく。あとあと考えると、そのポジションごとに持ち味があるんですよね。全員が爆笑じゃない。この人は地味な芸だけどしっかりした落語をきかせる。この人はふんわりした芸。そうしたいい感じにプログラムが組んである。だから落語ってフルコースみたい。それがいいなと思ったんです」

大学卒業後、2001年に春風亭一朝師匠の下に入門した。

弟子入りを頼み込む際には、新宿・末廣亭の前で師匠を待ち伏せし、出てきた際に「弟子にして下さい!」と大声で頼み込んだ。あまりの迫力に、師匠は当時「弟子入りは分かったから、もうちょっと穏やかに来てくれないか!」と驚いたそう。

ここで待望のタイ料理、「生桜エビとパクチーのエスニック和え」が登場。

一口食べた一之輔さんは、「あら凄いね、甘い桜エビがエスニックなソースやパクチーと合う。頭と脚のコリコリした感じも残っていていい。お酒が進むなぁ。」と絶賛。

続いて、「おからのグリーンカレー煮」も到着。

ユニークな見た目から慎重に口に運んだ植野さんは、「あ、グリーンカレーだ!」とひと言。

「だからそう言ってるじゃない!」と合いの手をいれながら、一之輔さんも食べた瞬間に「グリーンカレーだ!びっくりするほどグリーンカレー。ご飯にかけて食べてもうまいね。あとおからってだけで健康な感じもする」と絶賛していた。

1日1000円の厳しい下積み時代

2012年、先輩21人を抜く異例の速さで真打に昇進した一之輔さんだが、下積み時代は給料もなし、師匠に食事をおごってもらい、先輩から帰りの電車賃を貰う日々を過ごしていたそう。

落語家は「見習い」から「前座」になると一応給料は貰える仕組み。ただ、寄席で働いても貰えるのは1日1000円なので生活は厳しい。段々慣れてくると独演会の前座をやらせてもらい、ある程度お金が入ってくるという。