最近クローズアップされてきているのが、「養育費不払い問題」です。

厚生労働省の「2016年度(平成28年度)全国ひとり親世帯等調査結果報告」によれば、養育費を受給している母子家庭は24.3%。逆を言えば、母子家庭のうち、4人に3人は養育費を受け取ることができていないのです。

この数字を見て、驚かれた方も多いのではないでしょうか?現実問題として、「今月の養育費が支払われていません。元夫に養育費を支払わせる何かよい方法はありますか?」といった母親からの相談は年々増加しています。

「養育費不払い」の実情

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例えば、以下のような相談があります。

「養育費の取り決めは公正証書にしてあります。ただ、給料の差し押さえをするとなると、元夫の会社にも通知が行きますよね。元夫が会社での居心地が悪くなって、リストラでもされたら元も子もありません。差し押さえをして大丈夫でしょうか?」

「元夫の給与を差し押さえる手続きをしたいのですが、元夫がこちらに何の報告もないまま転職してしまっていて、住所もわかりません。差し押さえはできるのでしょうか?」

「離婚の際に元夫と話すのが苦痛で、早く終わらせたいとしか考えられませんでした。公正証書などは作っていません。ネットで調べたのですが、元夫の給料を差し押さえるのは難しいのでしょうか?」など。

2016年度調査では、母子家庭のうち養育費の取り決めをしている世帯は42.9%です。逆を言えば、母子家庭の半数以上は、養育費について取り決めすらしていないということになります。

「相手に支払う意思や能力がないと思った」「相手と関わりたくない」「取り決めの交渉がわずらわしい」等々、離婚の際に結論を急いでしまったことが原因のようです。

また、養育費について取り決めをしていても公正証書にしていなかったり、公正証書にしていた場合でも相手が転職したり行方不明になったりするなど、養育費の差し押さえが困難になるケースは多々あります。「養育費の不払い」は、今や見過ごすことのできない重大な社会問題なのです。

なぜ、「不払い問題」が生まれるのか

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では、いったいどのような状況から「養育費不払い問題」が生まれるのでしょうか。

まずは、単純に支払うお金が全くないため、支払いたくても支払えないという「支払能力」の問題です。今年はコロナ禍により、給料が大幅に減額されたりボーナスがカットされたりしたため、支払能力自体に問題が生じているケースが増えてきています。今後の景気次第では、支払能力不足による養育費不払いのケースは増加していく可能性があります。

次に、養育費を支払う側(多くは父親)の「支払いたくない」という気持ちから養育費不払いとなっているケースがあります。お金に余裕はあるけれど、自分の意思で元妻と子供には一銭も払いたくない、といったケースです。このような心理状況に陥るにはさまざまな原因があり、父親からはこうした意見を聞きます。

「元妻の不倫が原因で離婚になったのに、どうして高額な養育費を払い続けないといけないのでしょうか?理不尽すぎて納得できません…」

「元妻には新しいパートナーが出来て、子供とも仲良くしていると聞いています。新しいパートナーに面倒を見てもらったらよいのではないでしょうか。私だけ養育費を払い続けるのは割に合いません」

「面会交流もロクにさせてもらえず、久しぶりに子供に会ったときも、元妻から言われているのかニコリともせずに他人行儀で、正直なところあまり可愛いと思えなくなりました。養育費を払い続けるモチベーションが保てません」

もちろん自分の遊ぶ金欲しさに養育費を支払わないケースもありますので、一概には言えませんが、養育費を支払わない側にも同情すべき事情というものがあるのです。

一方、母親の立場からすると、子供に関しては想像以上の出費もありますし、目に見えていない部分の大変さもあって、養育費だけでは到底足りないという意見をよく聞きます。2019年に養育費算定表が改正されましたが、それでも現在の養育費の水準は低いと言わざるを得ません。

とは言え、養育費が不払いになっては元も子もなく、前述のとおり、養育費不払い問題は、支払う側の感情面に左右している点は否定できません。面会交流ができているケースは、養育費の不払いが少ないということもあり、これからは養育費を受け取る側も、支払う側に気持ちよく支払ってもらえるよう工夫を凝らす「発想転換」が、より一層大切になってくるかもしれません。

なぜ回収がうまくいかない?

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なぜ養育費の回収がうまくいかないでしょうか?

養育費の回収が上手くいかない一番の原因は、強制執行認諾文言付公正証書(もしくは同様の効力がある調停調書・判決書)にしていなかったため、差し押さえをすることできないというケースが代表的なものです。

次に、公正証書にはしていたものの、相手が転職したり、行方不明になっているなど、事実上差し押さえができないというケースです。

この点、令和2年4月1日に改正民事執行法が施行されたことにより、元配偶者が転職をして勤務先が分からなくなった場合でも、養育費について取り決めがされている強制執行認諾文言付公正証書等があれば、裁判所を通して市区町村・年金事務所に照会することが可能になりました。ほかにも財産開示手続きの強化や相手の預貯金の把握が容易になるなど、従来より養育費の回収は格段にやりやすくなりました。

ただ、相手が完全に行方不明であるなど住所が全くわからないような場合には、養育費の回収はお手あげになることは十分あり得ます。仮に勤務先がわかったとしても、給与の差し押さえをしてしまうと当然勤務先に知られてしまいますので、相手がリストラされてしまったり、再び会社を辞める可能性も考えられます。養育費回収には依然として非常に困難な側面が残っているのです。

弁護士として考えていきたいこと

後藤千絵弁護士
後藤千絵弁護士

では、弁護士の立場としてどのようにこの課題を考えていけばいいのか。

養育費不払い問題は、子供の貧困に直結する重要な問題であり、国や自治体を挙げて積極的に取り組むべき課題だと考えています。

兵庫県明石市では、養育費不払いを防ぐため、2021年3月までの予定で「養育費取り決めサポート」を実施しています。

このサービスは、書類の書き方のアドバイスや手続きにかかる費用を補助することによって、「養育費の取り決めを検討中で、子どもが明石市内に住む保護者」を支援するものです。

調停調書などの取り決めがあるのに養育費が不払いの場合は、2020年7〜8月の間、6、7月分の養育費のいずれか1か月分(上限5万円)を立て替えるという取り組みを実施しました。

これは市が立て替え払いをし、支払うべき相手に請求するという全国初の画期的な取り組みであり、今後ほかの自治体に広がることを期待しています。また弁護士として、養育費の不払いを少しでも解消するために、離婚前及び離婚後それぞれ段階での準備を万端にするお手伝いをしたいと思っています。

最後に、離婚する際に養育費不払いにならないためにできることについて解説していきます。まずは、養育費の取り決めをけっしておざなりにせず、将来的な強制執行を見据えた公正証書等にしておくことが重要です。明石市の取り組みも、公正証書等での養育費の取り決めが前提となっています。面倒がらずに、養育費の取り決めは必ず公正証書等にしておきましょう。

次に、養育費不払いを未然に防ぐために、相手に子供の親としての自覚を持たせるように工夫することも大切です。養育費の振り込み先を子供名義の口座にすることは、支払う側のモチベーションをあげるという意味では効果的です。

さらに、子供との面会交流は積極的に実施し、直接の面会ができない場合には、写真や動画を送ったりするなど、相手が子供と間接的にでも触れ合う機会をもてるように工夫しましょう。

できれば、子供の進学先の相談をしたりすることも効果的だと思います。最終的に人は感情で動きます。前述の通り、養育費を支払う側のモチベーションをあげる努力がより一層必要といえるのではないでしょうか。

養育費不払い問題は、母子家庭の生活にダイレクトに影響を与える重要な問題です。養育費の不払いによって、くれぐれもお子さんが犠牲になることがないように、専門家に相談するなど万全の準備をしたいものです。

後藤千絵
京都生まれ。大阪大学文学部卒業後、大手損害保険会社に入社するも、5年で退職。大手予備校での講師職を経て、30歳を過ぎてから法律の道に進むことを決意。派遣社員やアルバイトなどさまざまな職業に就きながら勉強を続け、2008年に弁護士になる。荒木法律事務所を経て、2017年にスタッフ全員が女性であるフェリーチェ法律事務所設立。離婚・DV・慰謝料・財産分与・親権・養育費・面会交流・相続問題など、家族の事案をもっとも得意とする。なかでも、離婚は女性を中心に、年間300件、のべ3,000人の相談に乗っている。

フェリーチェ法律事務所:https://felice-houritsu.jp/

後藤千絵
後藤千絵

京都生まれ。大阪大学文学部卒業後、大手損害保険会社に入社するも、5年で退職。大手予備校での講師職を経て、30歳を過ぎてから法律の道に進むことを決意。派遣社員やアルバイトなどさまざまな職業に就きながら勉強を続け、2008年に弁護士になる。荒木法律事務所を経て、2017年にスタッフ全員が女性であるフェリーチェ法律事務所設立。離婚・DV・慰謝料・財産分与・親権・養育費・面会交流・相続問題など、家族の事案をもっとも得意とする。近年は「モラハラ」対策にも力を入れている。