5月31日、今度の日曜日鹿島市で恒例のガタリンピックが開かれます。今から41年前1985年に町おこしのイベントとして始まったこの干潟の大運動会の歴史を振り返ります。

「倒れても倒れても正々堂々と走り抜くことを誓います」
1985年5月に開催された第1回の鹿島ガタリンピック。
競技には子供から大人まで約300人が出場しました。

【参加者】
「一番初めは難しかった。あとで易しかった」
Q「きょうは絶対1位と取る」と思ってた?
「はい」
【参加者】
Q自信はどうですか?
「まあ、年だから。昔取った杵柄で」

潟スキーのレースにはベテランたちが登場。
地元の海で若い頃から磨いた技を見せてくれました。

【観客】
「初めての試みだったのでどんなものだろうかと(見に)出てきた」

今と比べ出場者も観客も地元の人が多い手づくりのイベント。
会場では、今では有明海ではとれなくなってしまったアゲマキの味噌汁が振る舞われていました。

【主催者】
「我々フォーラム鹿島の若いメンバーたちが何とかこの有明海の広大な干潟を日本全国にPRできないだろうかと思い立った。今後、参加者もどんどん増えるのではないかと期待している」

【鶴丸】
「今年で10回目を迎え、すっかり鹿島市の恒例行事となったガタリンピック。今年はどんな珍プレーが飛び出すのか楽しみです」

主催者側の期待通り、参加者は増えていきます。

【参加者】
「お~楽しかった。おいしい」

第2回大会からは留学生の招待が始まり国際交流の面でも注目されました。
外国人選手が地元の家庭にホームステイする姿もありました。
今も続く定番の競技のほかその年を象徴するようなユニークな名前を付けた新競技が行われることもあります。
スタッフは深夜までかかってアイデアを出し合っていました。
こんなこともありました。
Jリーグ鹿島アントラーズの本拠地がある茨城県の鹿島町が当時、合併に伴い同じ名前の「鹿島市」となることに、佐賀県の鹿島市が反発していた問題。

【鹿島市 桑原市長(当時)】
「親善ですからね。ニコニコ笑いながら力を入れると。(Qでも勝ちたい)勝ちたいですね。頑張ります」
【茨城県 鹿嶋市側】
「今年はぜひ勝って帰りたい。去年の負けと1勝1敗で帰りたいと思っています」

95年、96年と2年連続で茨城県側とこのガタリンピックで直接対決し、大いに盛り上がりました。結果は1勝1敗の五分でした。
2020年からは新型コロナの影響で3年間、大会が中止に。
4年ぶりの大会の前日、約150人のボランティアスタッフが準備に追われていました。

【ボランティアスタッフ】
「私自身初めて(準備に)参加したが、参加する人が使うので一生懸命頑張ろうと思ってました」
「鹿島の魅力をたくさん知ってもらえたらいいなと思います」
【鹿島ガタリンピック実行委員会 松尾壮一郎実行委員長(当時)】
「お客さんたちが忘れないでいてくれているのかなというのが一番の不安ではあったんですね。(当日参加者には)泥んこになって楽しんでいただければなと」

【佐世保市から】
「土はやわらかいです。気持ち良かった!気持ち良かった!」
【横浜市から】
「(参加したかったので)ずっと早くコロナ明けないかなと思っていました。結構寂しかったですね、やっぱり」
【鹿児島市から】
「かいてもかいても泥に埋まっていく感じがして難しかった。また来年も出たい」

4年ぶりの大会は県の内外のほか、アメリカ、中国、韓国など15の国から約1500人が競技に参加。
鹿島の干潟に笑顔と歓声が戻ってきました。

【鶴丸】
ガタリンピックというネーミングはもともとは「干潟の大運動会」で決定していたそうですが、懇親会の席で酒が進み、ろれつが回らなくなったスタッフの1人が「ガタリンピック」と口走ったことから、それが採用されたそうです。

【吉富】
今年は31日、今度の日曜日に開催されます。
今年は高校生が初めて実行委員会に加わり、高校生のアイデアによる新しい競技が実施されることになっています。

サガテレビ
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