江戸時代、多くの犠牲を出しながらも岐阜県の木曽川などの治水工事を完成させた薩摩義士の偉業を語り継ごうと、25日、鹿児島市で慰霊祭が行われました。
岐阜県・足立葉子副知事
「命を落とし、幾多の困難を乗り越えて難工事を見事に成し遂げられた薩摩義士の皆さまのおかげで、私たちは水害の苦しみから救われた」
25日、鹿児島市の平田公園で行われた慰霊祭には、薩摩義士の親族をはじめ岐阜県の関係者など約400人が参加しました。
江戸時代、水害がたびたび発生する岐阜県の木曽川・長良川・揖斐川の治水工事を命じられた薩摩藩。
借金を抱え、多くの犠牲者を出しながらも1年3カ月で工事は完成しましたが、工事を率いた平田靱負は責任をとり、自ら命を絶ちました。
毎年、平田靱負の命日である5月25日に行われる慰霊祭では、参加者による詩吟が披露されたほか、岐阜県養老町の保存会による舞踊が奉納されました。
また、治水工事ゆかりの日向松の植樹を記念して公園内に設置された看板が老朽化していたことから、新たな看板がお披露目され、岐阜県の木曽三川から採取した故郷の水が日向松に注がれました。
鹿児島市・下鶴市長
「薩摩義士の遺徳を縁とする鹿児島と大垣市、岐阜県との交流は、その時々の方々が熱心に引き継いで積み重ねたおかげで今日がある」
岐阜県立海津明誠高校 2年・曽根香苗さん
「普段の生活ではあまり気にしていなかったけど、感謝の気持ちを忘れずに生活したいと思った」
岐阜県立海津明誠高校 2年・阿部瑞姫さん
「こんなに遠いところから(岐阜県の)海津まで来たことがすごいなと思った。改めて感謝を伝えたいと思った」