4月28日はサンフランシスコ講和条約の発行で日本が主権を回復した一方、沖縄が米軍の施政権下に置かれたことから「屈辱の日」と呼ばれています。
国頭村では、その記憶を語り継ごうと集会が開かれています。
国頭村の辺戸岬では74年前の4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効され日本が主権を回復した一方、沖縄は切り離されました。
当時、この海にはアメリカ統治下の国境線「北緯27度線」が引かれ、国境付近では沖縄の本土復帰を求める海上集会が開かれました。
現場では28日、屈辱の日の記憶を語り継ごうと、当時復帰運動に奔走した人たちによって集会が開かれており、主催した金城健一さんは「子や孫に平和な世の中を残すため屈辱の日を伝え続けないといけない」と訴えました。
分断の歴史から74年が経ちますが、基地の無い平和な沖縄を目指した県民の思いは叶わず、今もなお過重な基地負担が続いています。