水俣病は5月1日で公式確認から70年を迎えます。
水俣病は、チッソ水俣工場の排水に含まれていたメチル水銀に汚染された魚介類を食べることで中枢神経が侵される〈中毒症〉です。
主な症状として、手足がしびれる感覚障害や視野が狭くなる視野狭窄(きょうさく)、会話がしづらくなる言語障害などがあります。
こうした症状があれば〈水俣病患者〉となるわけですが、実はここに、大きな壁があります。それが〈行政による認定制度〉です。
公害健康被害補償法に基づき、行政が認定するもので、〈患者〉と認められた人には原因企業のチッソから一時金や年金、医療費などが支給されます。
これまでに熊本県に申請して〈水俣病〉と認められたのは1791人。実は申請した人のわずか1割程度。約9割の方は申請が棄却されているという状況です。
症状を訴えても〈患者〉と認められる人は限られていて、いわゆる〈未認定患者〉による損害賠償を求める裁判が相次ぎました。
その結果、〈患者〉とは別に、〈被害者〉として救済する政治決着が1995年と2009年の2度にわたって図られ、一時金や療養手当などが支払われました。
2度の政治決着で救済された人は、熊本では延べ4万6000人余りに上ります。
その一方で、〈被害者〉ではなく、〈患者〉として認めるよう裁判で闘い続けている人もいます。水俣市の佐藤英樹さんもその一人です。
「水俣病と認めてほしい」と声を上げ続ける佐藤さん。23日に言い渡される福岡高裁での控訴審判決を前に改めて、その思いを取材しました。
佐藤 英樹さんは水俣病が公式確認された1956年の2年前に、水俣市袋の茂道地区にある漁師の家に生まれました。
両親と祖母は〈認定患者〉です。幼い頃から魚が主食で、手足のしびれやこむらがえり、めまいや耳鳴りなどの自覚症状がありましたが、それが〈水俣病〉の症状だとは気づかないまま、大人になりました。
【佐藤 英樹さん(71)】
「(当時は)劇症型が中心で、小児性や胎児性の人たちが水俣病と言われていたし、水俣病がどういうものなのか分からなかった。ほとんどの人がそうだと思う。自分が水俣病だとは思っていなかったと思う」
佐藤さんは30代後半のころ、水俣病研究の第一人者である原田 正純 医師から「水俣病である」との診断を受け、熊本県に認定申請しました。
しかし、結果は棄却。現在4度目の申請中です。1995年の政治決着にもきょうだい4人で申し込みましたが、姉や弟は認められた一方、佐藤さんだけが退けられました。
【佐藤 英樹さん】
「いろいろな病気、風邪もコロナも、重症の方もいれば軽症の方もいる。なぜ水俣病は軽症だったら『水俣病ではない』と言われるのか。おかしい」
未認定患者でつくる〈被害者互助会〉の会長として長年、声を上げ続けてきた佐藤さん。患者認定の基準をめぐる国の姿勢を環境大臣に直接、問いただしますが、納得のいく答えは返ってきません。
【佐藤 英樹さん】
「どこがどう違うのか。ここをはっきりほしい。私だけじゃなくて他の人たちも…たくさんの人が〈総合的判断〉として棄却になってしまっている。あなたたちは〈水俣病はもう終わった〉としか思っていないのではないか。〈マイク切り〉もそうだし、〈この人たちはニセ患者だ〉と思いながら懇談をしているのではないか」
【浅尾 慶一郎 環境大臣(当時)】
「繰り返しになるが、私の理解では症状と暴露の両方が重要な要素、と認識している。その中で今の〈公健法〉について、できる限り丁寧な運用をしたい」
佐藤さんは2015年、胎児性水俣病患者と同じ世代である未認定の仲間6人と共に熊本県や鹿児島県に対し、患者認定を求める裁判を起こしました。
裁判では「胎児期に母親がメチル水銀に汚染された魚介類を多く食べたほか、幼少期には自ら多く食べたことで、水俣病特有の感覚障害などを発症した」と主張しています。
一審の熊本地裁は、「他の疾患による可能性を否定できず、水俣病に罹患(りかん)しているとは認められない」として原告の訴えを退け、佐藤さんたちは控訴していました。
そして、23日に福岡高裁で控訴審の判決が言い渡されます。
【妻・スエミさん(70)】
「今まで裁判を見てきたが、本当に行政、国、県のやり方は被害者に対して冷たい。こんなに苦しんでいる被害者の人たちがいるのに助けようとしない。〈なぜなんだろう〉と本当にいつも思う」
【佐藤 英樹さん】
「『水俣病は公害の原点』といつも国や熊本県は言うが、何もしてくれない。被害者をただ切り捨てる策だけを考えている。やっぱりそれが腹立たしいし、水俣病でいい加減な政策をとったような〈同じことの繰り返しがないようにしてほしい〉という思いもある。みんなそうだと思う、今闘っている人は・・・」
こうした佐藤さんたち原告の訴えに対して、被告の熊本県と鹿児島県は一審から「原告が訴えている感覚障害は、他の疾患によるもので水俣病ではない」と主張し、訴えを退けるよう求めています。
一方で、新潟県でも3月、同様の裁判がありました。
新潟県の8人が新潟水俣病の患者に認定するよう裁判を起こしていて、新潟地裁は先月12日、8人全員を「水俣病と認めるよう」命じる判決を言い渡しました。
佐藤さんたちは『追い風だ』と語り、先日開いた集会で、『新潟にあやかって全員勝訴したい』と語っていました。
注目の判決は23日午後、言い渡されます。