明治時代国民病だった脚気の撲滅につながった高木兼寛の功績を紹介する演劇が3日宮崎市で上演されました。

高木兼寛は病人やその環境をよく見て、脚気の原因を突き止めます。
演劇では厳しい反論に直面しても自分の意思を貫く姿が生き生きと演じられました。

3日、宮崎市で桜が満開となったこの日。会場には多くの人が…

(見に来た人は)
「ビタミンの父と(名前が)ついているからすごそうだなと思いました」

(見に来た人は)
「初めてです。メチャ楽しみ」

物語は高木兼寛がイギリスでの医学留学を終え、日本に帰ってくる場面から始まります。

高木兼寛は医師で東京慈恵会医科大学や日本初の看護学校創設など医療界に大きな功績を残した人物です。ただあまり知られておらず、その業績を伝えたいという人々の思いが上演へとつながりました。

舞台は146年前の明治13年。高木は海軍の軍医として脚気の解決を任されます。日本のために力を尽くしてほしいこの時代、多くの兵士が脚気にかかっていました。

(高木兼寛)
「これは脚気の症状です。」

(兵士)
「脚気。死ぬんですか」

高木は脚気の原因は白米中心のバランスの悪い食事にあるとみていました。この検証に必要な予算の獲得を助言する内務卿・伊藤博文。医療界の発展に力を貸す日本人初の女子留学生・大山捨松。明治を代表するこの2人を…

(伊藤博文役 堀之内良太さん)
「なんやきみも日本語わすれちょっとや。梅ちゃん(津田梅子)みたいに…」

(大山捨松役 川添美和さん)
「梅ちゃんは小さい時に日本を離れたからですわ」

宮崎出身の役者が演じました。

(大山捨松役 川添美和さん(宮崎西高出身))
「「宮崎でやっているんだな」とものすごく感じました。どんなことがあって高木兼寛がこんなに宮崎で偉人とされているかは今回初めて知りました」

(伊藤博文役 堀之内良太さん(宮崎西高出身))
「本当に申し訳ないんですけど(高木兼寛の知識は)お名前くらいです。僕もこの演劇というか演劇・脚本で詳しく勉強したという感じなんですけど」

食事を洋食に変えるなど栄養の取り方で脚気患者を減らそうと調査に挑む高木兼寛。そしてこれに伝染病説で反論する陸軍。医学論争が繰り広げられる中、高木の思ったとおりの結果が出る場面では演技も熱くなります。

練習艦・筑波より
〈航海航路で脚気患者無し〉

(高木兼寛)
「うわ〜やった〜」

医学用語が飛び交う中でも子供でも楽しめるような演出。
観客は引き込まれていきます。

(高木兼寛役 佐藤銀平さん)
「ものすごく頭のいい人なんだろうけど。情熱的にやりたいという僕の希望を演出家に言って、あとはいかにどういう風に自分にひきつけるかというのでやりました」

東京での公演を経て、高木のふるさと宮崎での上演となった今回の芝居。役者にとっても里帰り公演となり会場からは大きな拍手が贈られました。

(伊藤博文役 堀之内良太さん(宮崎西高出身))
「自分が生まれ育って自分を育ててくれた人たちや地域の人に観てもらえるということが、言葉に出来ないですけどすごくありがたく、うれしくぐっときました」

(観客は)
「(信念を)貫き通したんだなと思ってすごく感動しました」

(観客は)
「100年前の話が今も共感できるところがすごく感動しました。」

(観客は)
「昔は大変なことがいっぱいあったんだなと思いました。諦めずに進んでいったことが勉強になった」

3回の公演それぞれ多くの人で埋まり、あわせて1642人が演劇を堪能しました。

テレビ宮崎
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