威勢のよい掛け声とともに、腹の底まで響く和太鼓の音が会場を包み込んだ。秋田・三種町で活動してきた和太鼓グループ「長信田太鼓」が、3月7日の公演を最後に17年間の歴史に幕を下ろした。不登校やひきこもりを経験した若者たちが、太鼓を通じて社会とつながり、自分自身と向き合ってきた歩み。その集大成となった最後の舞台に、メンバーと地域の深い思いがあふれていた。
心療内科から生まれた和太鼓グループ

「長信田太鼓」は、三種町を拠点に活動してきた和太鼓のグループだ。
不登校やひきこもりを経験した若者たちが中心となり、森岳地区にある「長信田の森心療クリニック」が、社会復帰を支えるプログラムの一環として2009年に立ち上げた。
太鼓を打つことで体を動かし、仲間と音を合わせる。そうした経験の積み重ねが、少しずつ若者たちの自信と居場所を育ててきた。
地域に愛され17年…突然の区切り
町の内外で演奏を重ね、多くの人を魅了してきた長信田太鼓。しかし2026年2月、17年間の活動に終止符を打つことが決まった。
理由は、グループを支え続けてきた代表・水野京子さんが、3月末でクリニックを退職することになったためだ。
長信田太鼓代表・水野京子さん:
予想するよりもずっと大きな反響があったし、どれほど地域に愛され、地域に力を与え・与えられ、という存在だったかを感じている。
解散の知らせは地域に大きな反響を呼び、改めてこのグループが果たしてきた役割の大きさを浮き彫りにした。
最後の舞台へ 熱を帯びる稽古
メンバーたちは、3月7日の最終公演に向け、これまで以上に熱の入った稽古を重ねていた。
リーダーを務める小玉宙さんは「長信田太鼓は17年も続き、最後の舞台なので、一つ一つの舞台にかけてはいるが気持ちを入れ直し、最後の雄姿を見せられるよう頑張りたい」と意気込んだ。
太鼓の音に、これまでの歩みと感謝の思いを込める――メンバー全員が、最後の一日を強く意識して臨んでいた。
渾身の演奏に込めた「生きてきた証」
迎えた最終公演当日。会場となった三種町山本ふるさと文化館には多くの観客が訪れ、約450席分のチケットは完売した。
幕開けは、メンバー全員による演奏。息の合った力強い太鼓の響きが、会場の空気を一気に引き込み、観客を魅了した。
続いて登場したのは、長信田太鼓のOB・OGたち。久しぶりの舞台に緊張しながらも、変わらぬ力強さで太鼓を打ち鳴らし、音に乗せて近況と感謝の思いを届けた。
最後を飾ったのは、メインの長信田太鼓。
リーダーの小玉さんが「思うようにできず、自分が嫌になる日もあった。逃げ出したくなる日もあった。それでもここまで続けてこられたのは、ここに居場所があったから。うまくいかない日も誰かが必ずそばにいてくれた。最後の一打まで全力で打ちます」と宣言し、水野さんを含む現役メンバーが3曲を披露した。
悩み、葛藤し、ときに立ち止まりながら歩んできた若者たち。その全てをたたきつけるような渾身(こんしん)の演奏が終わると、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
観客は「やっぱり寂しい。これがあるから私たちも生きがいを感じていた」と静かに語った。
「宝のような場所」「変われた自分」
最後の舞台を終え、代表の水野さんは「ひきこもっていたとか、不登校だといった偏見を取り払い、偏見なく支え合えているこの雰囲気、これは宝」と語った。
長信田太鼓は、演奏団体であると同時に、若者たちが偏見なく受け入れられる居場所だった。その価値は、太鼓の音とともに地域に深く刻まれている。
メンバーの伊藤恵理子さんは「最初は怖かったが、最後になると『このまま終わりたくない。この時間が一生続けば良い』と思う瞬間があった。後悔もなく、やりきれて良かった」と語った。
リーダーの小玉さんは「この3年間を通して自分は変われたと思う。普通に生活ができて、朝起きられて、そういう生活が今できているのですごくうれしい。この太鼓は、自分が諦めない気持ちとか仲間を高めてくれたものなので、それを再認識して思い出しながら頑張っていきたい」と前を向く。
新たなステージへ 音は心に残り続ける
三種町で和太鼓に向き合ってきた若者たち。
長信田太鼓としての活動は終わっても、ここで得た経験や仲間との絆は、それぞれの人生の中で鳴り続ける。
最後の舞台で響いた太鼓の音は、新たなステージへ踏み出す彼らの背中を、これからも力強く支えていく。
(秋田テレビ)
