能登半島地震で店舗と住宅を失った輪島市の料理人がいます。
地震から2年以上がたった今、店の再開に向けて動き出しました。

輪島市内にある飲食店の厨房に立つのは料理人の坂口竜吉さんです。
能登半島地震で自らの住宅と店舗を失った坂口さん。
今はこの飲食店で働きながら自らの店の再開を模索しています。

坂口さん:
「並行して仮設店舗の準備をしながらここで仕事させてもらっているような感じです。準備期間も生活して行かなければいけないので」
同僚:
「すごいと思うよ。希望だよね。この2年間いろんな思いして耐えて来たんやろうし体だけは気をつけて、出来る限り長くやってもらえれば…」

地震前は観光客や地元の人たちでにぎわっていた坂口さんの店、居酒屋「のと吉(きち)」。

(2024年1月2日当時)記者:
「通れないです。公費解体され今は更地になっています」

坂口さん:
「ここがのと吉が建ってた場所です。やっぱりここに来ると思いだしますね、あの時のことだったり。(自分は建物の)3階…一番上にいて無事だったんですけど、一気に崩れてしまって。奇跡的に私たち家族は助かった。私たちは被災直後から色んな人たちに助けられて命を繋いで来たので感謝しかない」

地震直後は金沢で避難生活を送り長男は今も金沢市内の中学校に通っています。
能登で再開する飲食店が増える中、坂口さんの店の再開に時間がかかっている背景にはある問題がありました。

坂口さん:
「この場所はもう入ることが出来なくなってしまっているので…会社を破産させたので思い出だけがここにあるのは変な感じなんですけど…」

祖父の代から続いた運営会社が去年8月に破産、店の跡地も競売にかけられたのです。

坂口さんがやってきたのは、店の跡地から道路を挟んで向かい側にある建物。

坂口さん:
「ここがいま準備中の仮設店舗ののと吉のスペースになります」

心が折れそうになりながらも坂口さんは店の再開を諦めませんでした。

坂口さん:
「震災前ずっと使っていた叔父さんの作った器になります。ボランティアに救出してもらったものは瓦礫の下だった。傷だらけのままそのまま使って行こうと思います」

朝市通り周辺の火災で亡くなった叔父、市中圭祐さんが残した漆器が坂口さんの背中を押しています。

坂口さん:
「傷だらけのまま、そのまま使っていこうと考えています」

坂口さんは今年6月に仮設店舗で店を再開させたい考えです。

坂口さん:
「料理を出すのはもちろん、いろんな人が集まって話をしたりこれからの事を考えたり未来を生み出すことが出来る場所になればと考えています」

石川テレビ
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