「2階から上がボンッと浮いたんですよ。そのまま流されたんですよ」。宮城県気仙沼市で津波に直面した菊地正男さん(76)の言葉は、想像を絶する自然の脅威を物語っています。
その脅威は関西にも迫っている。南海トラフ地震が発生すれば、大阪・梅田でも最悪2メートルの浸水が予想されるというのです。
沿岸から4キロ以上離れた大都市中心部での津波リスク…専門家とともに歩いた現場から見えてきたのは、都市部に特有の「危険」でした。
■「終わったと思いましたよ」気仙沼で体験した津波の恐怖
最大震度6弱を観測した宮城県気仙沼市。津波や火災などにより、死者・行方不明者合わせて1400人以上の被害が出ました。
気仙沼市で料理店とゲストハウスを営む菊地幸江さん(65)と夫の正男さん(76)は、あの日、想像を超える津波の威力に直面しました。
正男さんは孫を迎えに行き、娘の家に着いた瞬間に津波に遭遇した。
【菊地正男さん】「2階に上がってみたら、まだ波が高いから、『もう1つ上がれ』って言って3階まで上げて。上がった途端に波がドワーって来て、あぁ終わったと思いましたよ」
建物そのものが津波に飲み込まれた瞬間を、正男さんはこう振り返る。
【菊地正男さん】「2階から上がボンって浮いたんですよ。そのまま流されたんですよ」
■「黒い津波がぐちゃぐちゃって来て」屋上から目撃した光景
一方、妻の幸江さんは地震発生の数分前、当時の勤務先が入るビルにいました。事務所のあった3階に着いた直後、大きな揺れが発生。「上に上がれ」という声を聞き、屋上へと階段を上った。
屋上から目撃した光景について、幸江さんは「恐ろしいよ、その時のことは本当に。黒い津波がぐちゃぐちゃって来てさ。覚えていますよ、しっかり」と語ります。
屋上から撮影された映像には、津波が町に押し寄せる様子が記録されている。「早く逃げて」「車、早く逃げて」「早く早く早く、早く逃げないと」という緊迫した叫び声が響く中、黒い津波が建物を飲み込んでいく。
幸江さんは当時の状況をこう語ります。
【菊地幸江さん】「石油タンク2個倒れて、もう水は来てる。瓦礫が来てる。建物の半分まで水が来ている。河原田方面に向かって、物が全部、市場からも道具が全部流れてきて」
■「やっぱ高いとこがいいです」偶然が命を救った
幸江さんは偶然このビルに留まっていたことで命を救われました。
【菊地幸江さん】「『助けてくれ』って言ったって、どこにも動けない。かえってどこにも行けない方が良かったけど。勝手に動いたら死んでるもんね。やむを得ない、いざるを得ない、水引くまで。ほんと命拾いしたね。おかげさまで」
そして幸江さんは教訓を込めてこう語った。「高いとこがいいです」
■刻一刻と関西に迫る脅威 南海トラフ地震の現実
15年前に突き付けられた津波の脅威は、刻一刻と関西にも迫っています。
西大阪治水事務所の上田亮二主査は「南海トラフの地震の説明をしていますけども、ここで地震が起きる間隔というのが、90年から150年間隔で地震が起きている」と説明します。
南海トラフ地震が今後30年以内に発生する確率は「60パーセントから90パーセント程度以上」とされています。
去年3月に公表された被害想定では、最悪の場合、全国でおよそ29万8000人が死亡し、そのうちの7割にあたる21万5000人が津波で死亡するという試算もあります。
国の想定では、大阪市に最も早くて1時間50分後に津波の第1波が到達。”水の都”とも呼ばれる大阪では、川や水路を津波が遡上して、街の中心まで被害が及ぶ可能性があるというのです。
■「梅田はもともと海だった場所」4キロ内陸でも2メートル浸水の恐れ
上田主査は浸水想定図を示しながら説明しました。
【西大阪治水事務所 上田亮二主査】「津波が押し寄せてきて、最大、御堂筋から西側部分につきましては、津波の浸水する恐れがある」
沿岸から4キロ以上離れた梅田でも、最悪の場合、津波によって2メートル浸水する恐れがあります。
もし梅田で被災したらどうすればいいのでしょうか。
都市の災害リスクに詳しい追手門学院大学の田中正人教授と一緒に、実際に梅田の街を歩いて津波が来たらどうなるのかを調べました。
田中教授は梅田の地理的特性について説明しました。
【追手門学院大学 田中正人教授】「元々この辺りは海抜自体がとても低い。それなりに浸水のリスクが高い。海抜がだいたい30から50センチぐらいしかありませんし、そもそも梅田は海だった場所ですので、”標高が低い”ということと、”地盤も非常に弱い”ということが分かっています」
■「30センチで人は行動を取れなくなる」AR技術で見る浸水の現実
よりイメージしやすくするため、最新のAR(拡張現実)の技術を使って、梅田の街が浸水したらどうなるかを検証しました。
1メートル程度の浸水を想定すると、記者は「もう、完全に浸かりますね」と驚きました。田中教授は「もう、こうなってしまうと手遅れ」と指摘し、さらに重要な事実を明かしました。
【追手門学院大学 田中正人教授】「30センチで人は行動を取れなくなる」
実際に30センチの津波の威力を実験した映像では、ロープをつかんでいないとすぐに流されてしまうほどの勢いで水が流れてくることが確認できます。
■「下からのぼること自体が難しい」地下街の特別な危険性
津波が来たとき、都市部ならではの危険があるのが地下街です。
1日に数十万人が行き交う梅田の地下街に津波が押し寄せると、どうなるのでしょうか。
田中教授は地下街の危険性について説明しました。
【追手門学院大学 田中正人教授】「水は当然低い所に流れていきます。そもそも勢いがありますし、下に落ちるとなると、さらに加速度がかかるので、より速い勢いで流れ込むことになります。下からのぼること自体が難しいと考えた方が良い。浸水が始まるまでに、避難を考えることが一番重要」
■「とにかく東方面」梅田からの避難方法
では梅田にいて津波が来ると分かったら、どう避難すればよいのでしょうか。田中教授は具体的な避難方法を示しました。
【追手門学院大学 田中正人教授】「水平避難の場合は、梅田だったらとにかく東方面ですね。1キロほど行けば3メートル、4メートル近くなりますので。上町台地、その中にある大阪城がわかりやすいランドマーク。そこまで行かないといけないってことではなく、東を目指すだけでもいい」
そして遠くに逃げることが難しい状況で有効なのが、建物の2階以上に避難する垂直避難です。
梅田の場合、高い建物が多くありますが、耐震性などの条件を満たし、自治体が定めている津波避難ビルに逃げるのも選択肢の一つとなります。
津波避難ビルには外壁に表示されている場合もありますが、田中教授はイザという時になって探すのではなく、普段から確認しておくことが重要だと指摘します。
■「複数の選択肢を身につけておくことが大事」備えの重要性
また、田中教授は津波から逃れるために複数の選択肢を想定しておくことが大切だと話します。
【追手門学院大学 田中正人教授】「水は必ず低い所から浸水していきますので、”できるだけ高いところを目指す”というのが、一番重要な方針。その場で適切な行動をとる、複数の選択肢の中から、最適の選択肢を選べるような、そういう条件をあらかじめ身につけておくことが大事」
いつ起こってもおかしくない巨大地震、そして津波。気仙沼の被災者が語り継ぐ「高い所がいいです」という教訓を胸に、いざという時どう行動すれば良いのか、折に触れて考えておくことが求められます。
(関西テレビ「newsランナー」2026年3月11日放送)