アメリカでは2024年の1年間だけで、10件以上の長期未解決事件が解決した。そのきっかけとなったのがDNA捜査である。その流れは一気に加速している。
38年前の殺人事件
12月2日、アメリカ・コロラド州のダグラス群の警察が誇らしげに会見を開いた。40年近く未解決だった殺人事件の容疑者の身元が分かったのである。
「科学の進歩とともに、我々の真実を解き明かす能力も確実に向上している」、保安官は胸を張った。
ロンダ・マリー・フィッシャーさんの遺体が発見されたのは今から38年前の1987年4月1日、コロラド州デンバーの道路沿いだった。
フィッシャーさんは当時30歳で、性的暴行を受け、首を絞められていた。
捜査当局はフィッシャーさんの知人、友人、さらには当時デンバー周辺で悪事を続けていた犯罪グループなどを徹底的に調べた。事件から30年たった2017年にはDNA鑑定も行ったが、容疑者の特定には至らなかった。
事件が大きな動きを見せたのは2025年に入ってから。保安官事務所のコールドケース(未解決事件)班が証拠物の「再鑑定」を行い、遺体発見現場でフィッシャーさんの手にかぶせられていた紙袋から新事実をつかんだのだった。
女性7人殺害のシリアルキラー
紙袋は40年間、誰にも触れられることなく保管されており、フィッシャーさんの手に付着した容疑者の皮膚細胞からDNAを検出することに成功した。
そのDNAの鑑定結果は、ある人物に結びついた。
1980年代に少なくとも7人の女性を殺害したシリアルキラー(連続殺人犯)の男だった。
男の名はビンセント・ダレル・グローブス。1990年に殺人の罪で終身刑の判決を受けていた。グローブス元受刑者は6年後の1996年に獄中死している。
保安官は会見で「グローブス元受刑者が法廷で責任を問われることはない。しかし、長年待ち望んだ解決がフィッシャーさんの家族や友人に少しでも安らぎをもたらすことを願っている。この事件は、どれだけの時間が経過しようとも、すべての被害者のために正義を追求するという我々の決意の証だ」と語った。
“究極の個人情報”DNAによる捜査
ダグラス郡の保安官事務所によると、今回の事件は同事務所がここ7年で解決した7件目の未解決殺人事件となった。

「科学の進歩とともに、我々の真実を解き明かす能力も確実に向上している」。保安官の言葉通り、DNA捜査が革命を起こしている。
その「技術」の一つがDNA検体を使って顔の特徴を予測する「ゲノム・モンタージュ」だ。
DNA情報で性別、血液型はもちろん、年齢についても3歳前後の誤差でわかるという。
“究極の個人情報”と言われるDNA。その情報から顔形状を予測するこの技術を捜査に活用することについては日本では法的に制限されている。
アメリカの現状はどうだろうか?遺伝子解析を行うバイオテクノロジー会社、パラボン・ナノラボ社はゲノム・モンタージュの技術「Snapshot」を開発し、2015年から捜査機関に協力。これまでに200件を超える容疑者もしくは被害者の身元特定に貢献している。
殺人事件解決率が改善
2017年の夏、アメリカ・メリーランド州で白骨遺体がみつかったが、警察は遺体の身元を特定できずにいた。そこで活用されたのがゲノム・モンタージュの技術だった。
わずかなDNAから“モンタージュ”を作成。被害者の身元を特定しただけでなく、殺人犯の特定に導いた。犯人は懲役30年の刑を言い渡され、現在服役中だ。
FBI・アメリカ連邦捜査局によると、アメリカ国内での殺人事件の解決率は低落傾向だったが、2024年には61.4%と、前年2023年の57.8%から飛躍的に改善された。それにはDNA捜査の活用が大いに貢献しているとの分析もある。
とはいえ、アメリカ全土で2024年に発生した殺人事件は1万6935件。約6割が解決したとしても、年間6000件以上の殺人事件が未解決のままという計算だ。
アメリカでもDNA捜査はプライバシーや倫理面での懸念が根強く、州によって捜査の合法性に関する法律は異なり、その活用についてはまだまだ議論が続いている。
ダグラス群の保安官の言葉を借りるならば、「すべての殺人事件の被害者遺族に少しでも安らぎがもたらされることを願っている」
