揺れる倫理と葛藤
この法案の背景に、貧困の女性が金銭目的で代理母になるケースなどがあることは想像できた。
そうした構図が、女性の搾取や“命の売買”と批判されていることも理解している。それでも、自分たちのように他に選択肢のない夫婦がいる。
「本当は、自分で産みたかった」
優美さんに、その気持ちは今も消えていない。だが、それが叶わない現実を受け入れているからこそ、代理出産を選んだ。
妊娠や出産に伴う身体的負担やリスクは、いま、遠い異国の女性が引き受けている。一方で、自分は何も負っていない。
「引け目がないといえば嘘になってしまう」と優美さんはいう。
夫婦のもとに新しい命が訪れようとしているのは、代理母の存在があってこそだと思っている。だからこそ、法案を目にした時、自分たちの選択そのものが社会から否定されたようにも思えた。
「当事者として声を上げるべきか」と夫婦で話し合ったこともある。
しかし踏み出すことはできなかった。代理出産に対する世論の厳しさを十分すぎるほど分かっていたからだ。
どのような言葉が投げかけられるのか――。
法案は最終的に廃案となった。それでも同様の議論が今後繰り返される可能性はある。心のざわめきが消えたわけではない。
不安越えて 待つ春
出産予定日は今年の5月。名前は、二人が好きな花にちなんで付けることにした。
いま願うのは、二つだけだ。子どもが元気に生まれてくること。そして、出産を担う代理母もまた、無事であること。
出産の知らせが届けば、二人はジョージアへ向かう。
初めて我が子を抱くために。
不安がないわけではない。帰国手続きや法的な問題など、不確定要素はいまも残る。それでも確かに思える未来がある。
画面越しに見守り続けてきた命を、自らの腕で抱く日は近い。
想像できなかった未来が、もうすぐ現実になると信じている。
(フジテレビ報道局・調査報道統括チーム 松岡紳顕)
※この記事は、FNNプライムオンラインとYahoo!ニュースの共同連携企画をLINE NEWSに配信しています。