2月、愛知から石巻へ車を走らせてきたのは、画家の小林憲明さん(51)です。

小林憲明さん
「おはようございます。よろしくお願いします」

描き続けてきたのは、被災した家族の絵。震災の発生から15年を前に、津波被災地にできたこの伝承館で、展示会を開くことになりました。

小林憲明さん「ちょっとおそれ多い気はしますけど、いろんな家族の思いに出会ってもらえたら」

佐藤美香さん(51)。小林さんに、絵を描いてもらった1人です。

15年前、佐藤さんの長女・愛梨さんは、海側に走った幼稚園バスに乗せられ、津波とその後の火災に巻き込まれて亡くなりました。

佐藤美香さん
「夢でも…抱きしめたいなと思って…手を伸ばしても届かない」

防災の大切さや教訓が、後世にも伝わるように…佐藤さんは、他の遺族とともに、慰霊碑を建立しました。
愛梨さんのためにも、これからの命のためにも。自らの言葉で、あの日を伝えています。

佐藤美香さん
「きょうは保育園の子供たちなので、会うの楽しみだなって。娘の思いだったり、これから生まれてくる命だったり、現在の命だったりそういう子たちを守れる社会になってほしい」
「私は佐藤美香といいます。紙芝居をみんなに聞いてもらいたいと思って来ました。」
「怖いよー寒いよー。おうちのみんなに会いたい。と思いましたが、周りは壊れたおうちのかけらでいっぱいで、動くことができませんでした」

紙芝居を聞いた6歳
Q津波は?「危ない、高台に逃げる」

佐藤さんは、画家の小林さんに、絵の制作を依頼しました。二十歳になった愛梨さんの振袖姿を、想像して描くというものです。

佐藤美香さん
「娘は泣いていたお友達をバスでずっと励まし続けていた。普段は笑わせるのが好きでふざけたりしていた」
小林憲明さん
「周りや状況が見えるんですね」

小林さんは、「ダキシメルオモイ」というプロジェクトを立ち上げ、大切な人を亡くしたりした全国の家族を訪ね、絵を描いてきました。きっかけは、東日本大震災の被災地を訪れ、我が子を失った親の思いを聞いたことでした。

小林憲明さん
「もう抱きしめられない子供、親の思いを、絵から伝えてほしいということで、供養したいなって思いがあって、僕は絵を描く。ただ振り袖姿を描くじゃなくて、成人式ってひとつの区切りなので、節目であって、14年間、亡くなられてからの思いもちょっと楽になってもらいたい」

小林さんは去年、愛梨さんが出席するはずだった成人式の場で、佐藤さんに、完成した絵を手渡しました。

佐藤美香さん
「ありがとうございます」

明るかった愛梨さんと、そっと、手をつなぎました。

佐藤美香さん
「私が想像できなかった娘の姿に、こうやってこの場に娘がいてくれるようで、うれしいです、すごく」

震災の発生から15年を前に開かれた、小林さんの絵の展示会。活動に共感し、足を運ぶ人もいました。

山形から訪れた人
「モデルになっている皆さんたちに直接寄り添うことはできないけれども、間接的に応援というか、気持ちを寄せることができたらいいなって。自己満足ですけどね」

この展示会が、ある再会につながりました。
山保亮太さん(21)です。愛梨さんと、同じ団地に住み、同じ幼稚園に通っていました。
震災発生後に、住まいは北海道へ。現在は東京の大学で、野球に打ち込み、時間を見つけて、愛梨さんのもとを訪れています。

見せたかった。会わせたかった。愛梨さんの振袖姿。

佐藤美香さん
「芦田愛菜ちゃんみたいになっていたかもしれないし、分からないね」
山保亮太さん
「不思議な感覚。でもどこか面影がある感じがある。今生きているのが当たり前じゃないってことはすごく感じている。後悔のない人生を歩みたい」

佐藤美香さん
「本当はね、愛梨が生きた状態で再会させたかった。大人になれなかった子供たちもたくさんいるので、あの日あの時、誰もが自分の命が失われると思わずにその日を過ごしていて、だからこれからも、私は自分が伝えられる範囲で伝えていければいいかなと」

画家の小林さんは、家族の思いを、描き続けます。

小林憲明さん
「残したいんですよね。何気ない日常が最も大切で尊い。今目の前にいる抱きしめる相手がいたり、そういう人がいるなら、なおさらそういう人を大切にする1つのきっかけになったら」

災害があっても、また生きて、会えるように…言葉で、絵で、あの日をつないでいきます。

仙台放送
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