地震が発生した3月11日午後2時46分には、宮城県内各地で黙とうが捧げられました。東日本大震災から15年の節目となる今年は、南三陸町などで5年ぶりに追悼式も開かれました。
石巻南浜津波復興祈念公園や、南三陸町旧防災対策庁舎でも黙とうが行われました。
息子を亡くす
「いつ帰ってくるの?って。頭では分かっています、亡くなったっていうことは。反対の気持ちとしては、やっぱり会いたいなって」
千坂紗雪アナウンサー
「仙台市青葉区一番町の商店街アーケードでは、時刻が近づく中、端に寄って立ち止まる人の姿が見えてきました」
熊本から(26)
「私自身、熊本地震を10年前に経験して、知らない世代もこれから増えていくのかなと思いますので、しっかり防災意識を後世に伝えていくというのは、東北においても熊本においても、場所に限らず大事なのかなと思っています」
東松島市では津波で亡くなった子供たちを思い、「青い鯉のぼり」が掲げられました。
弟の律さんなど、家族4人を亡くした伊藤健人さんです。
弟の律さんなど家族4人を亡くす 伊藤健人さん
「心にたとえ傷があっても前を向いて歩いていく、周りの仲間とともにやっていくことの重要さというか、尊さというか、そういうところはすごくあるんじゃないかというのは変化としてあります」
律さんが通っていた幼稚園の担任だった先生です。
律さん(当時5歳)の担任だった遠藤公美子さん
「あの時の笑顔しか思い出せない。一緒に遊んだ時の、ね」
名取市の閖上地区です。風船に思いを込めました。
友人を亡くす
「すごく素敵な方で、あの時電話をしたら電波の届かない場所にいるとかって、何回も電話したんだけど。15年経ったね、また会いたいねって」
長男(当時13)を亡くす 丹野祐子さん
「笑顔でこの日を迎えることができるようになりました。15年という日は、まるで昨日の出来事のような気もしますし、遠い遠い昔の物語だったような気もしています。高い高い空の上、きょうも届けたいと思っています」
宮城県内各地で追悼式典が開かれました。
仙台市 郡和子市長
「震災から立ち上がった市民の皆様の歩みと、これまで培ってきたより良い復興の知見を広く共有し、世界の防災力の向上に貢献していく所存でございます」
村井知事は「震災の経験を未来に伝えていく」と述べました。
宮城県 村井知事
「被災者の心のケアやコミュニティの再生、産業なりわいの回復などについては息の長い支援が必要であり、引き続きしっかりと取り組んでまいります」
5年ぶりに追悼式を開いた南三陸町。小学校4年生で父を亡くし、現在は消防士となった木皿和輝さんが思いを語りました。
小学4年で父亡くす 消防士 木皿和輝さん(25)
「父はこの15年、夢に出てくることはほとんどありませんでした。しかし、2、3カ月前のこと、父が突然夢に現れたのです。夢の中で父と私は居酒屋で酒を酌み交わしていました。自分は大人になっていましたが、父は15年前の44歳のままでした。ずっと父は空から見守ってくれていたんだなと感じました。お父さん、ここまで大きくなれたよ。だから安心して僕を見守っていてください。あすを生きたかったであろう父の分まで、これからも懸命に生きていきたいと思います」