震災から15年が経過する中、鹿児島市の劇団が「当時の記憶をつなぐ舞台」を上演しました。

津波で行方不明になった家族を待つ人、原発事故に翻弄される家族など20人の役者が迫真の演技で伝える震災の記憶。

あの日から私たちは何を受け取り、何を未来へ伝えるのか。

舞台を通して考えます。

上片平健キャスター
「開演10分前です。会場はご覧の通り満席となりました。東日本大震災の発生から15年。当時を伝える物語が始まります」

「2011年3月11日午後2時46分~未曾有の災害、東日本大震災」

3月8日、鹿児島市で行われた演劇公演「リメンバー311」。

東日本大震災の被災地支援のために8人の劇作家が創作した9つの作品をアレンジし上演されました。

「今、役場は24時間体制で全村民の避難にあたっています。職員はほとんど不眠不休で働いているのに自分だけ避難するなんてとても」

この舞台を主催したのは、鹿児島やニューヨークを拠点に活動する舞台芸術グループ「くろたま企画」です。

演じるのはオーディションで選ばれた中学1年生から76歳までの20人。

演出、キャストを務めるジュン・キムさんはこの舞台に込められたメッセージを次のように話します。

演出・キャスト ジュン・キムさん
「平凡がいかに大切か、日常がいかに大切か。実は日常なんて一瞬で壊れるんだよ。津波が一瞬来ただけで、地震が一瞬起こっただけで、あなたの日常も全く変わる」

大切な日常を壊した大災害。

上演当日、舞台の冒頭で当時の被害を伝える会場の壁には投影されたのは、鹿児島の日常の風景でした。

舞台は約110分。

原発事故が発生した福島で避難するかを話し合う夫婦の食卓では、故郷を思う住民の葛藤が描かれます。

「きっと福島から出ても生きてなんかいけない。ねえ無理しないでおこう。知らない土地で知らない人ばかりで知らない仕事で心病んでうつになって倒れたら終わりだよ。健康第一だよ。お父さんもお母さんもこっちにいるんだよ。あの人たちも見捨てられないでしょ」

こちらは震災後3カ月が経過したある家の場面です。

津波によって夫と子どもが行方不明のまま、女性は辛い現実を受け入れられず、家族の帰りを待ち続けます。

「もうすぐなんです。もうすぐあの人は帰ってくるんです。少し疲れた顔をしていても溢れる笑顔と白い歯を見せて、心配かけたなっていって帰ってくるんです。どうやって車から脱出したか。どうやって津波を乗り切ったか。どうやって海を漂ったか。どうやって食料を手に入れたか。どうやって身体を休めたか、どうやって絶望しなかったか。どうやって生き延びたか、どうやって記憶を取り戻したか、あの人は1日中話してくれるんです」

15年前、突然奪われた日常。

津波で流された車から盗みを働こうとするカップル。

一時帰宅を許された我が家の姿に絶望する家族たち。

約4ヶ月間の稽古を積んだ役者たちは、迫真の演技で心の葛藤や生き抜く力がつまったストーリーを伝えました。

鑑賞した人
「ずっと待っているという気持ちに涙が出てきた。素晴らしいお芝居だった。忘れてはいけない大事なことを思い出させてもらった」
「とても良かった。節目だけではなく伝えていかないと忘れてしまう。そういう面でこういう機会があるのは良かった」

この舞台に姉妹で参加した大学生は、改めて毎日を大切にしたいと感じたと言います。

姉・先成侑那さん(21)
「震災は正直覚えていないけど、お祝いムードではない状況で卒園式を迎えた記憶があって、その悲しみを幼いながらに覚えていたので、それを15年越しに演じられた」

妹・彩陽さん(19)
「いま毎日を生きている私たちだけど、その毎日をどれだけ大事にできるかというのを今後の人生において大切にしていきたいし、今後の世代にも1日1日大切にして生きなきゃいけないということを教えていきたい」

最年長の役者・小原和代さん(76)
「こんな風に演じてみなさんに観ていただいたら、もっと福島のこと、震災のことを思い出してくれて、復興をもっと早くしていただければと思う」

未曾有の災害から15年。

いまだにその影響は続いています。

記憶が薄れていくからこそ次の世代へ伝えないといけないことがある。

あの日を忘れないー。

110分の舞台は大きな拍手とともに幕を閉じました。

鹿児島テレビ
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