11日午後2時46分、岩手・陸前高田市では、津波に耐えた奇跡の一本松を背に大勢の人たちが犠牲者に黙とうを捧げました。
多くの犠牲者を出した宮城・東松島市。
午前6時ごろ、真っ赤な朝日に祈りを捧げる女性がいました。
女性は「この場所に来て感じるっていうことがすごい、自分の中ではすごく意味があることなのかなって」と話しました。
各地での祈りと、震災を知らない世代がどのように記憶を未来に伝えていくかを取材しました。
東日本大震災の発生から11日で15年。
この震災では、2025年に新たに、岩手・山田町に住んでいた当時6歳の女の子の身元が判明。
地震や津波で亡くなった人は1万5901人に上り、今もなお2519人の行方が分かっていません。
震災に関連して亡くなった人は3810人に上っています。
犠牲者と同じ数のキャンドルが並べられ、祈りが捧げられたのは岩手・大槌町です。
岩手県では震災で5147人が亡くなり、1106人が行方不明のままとなっています。
その犠牲者の約4分の1を占めている大槌町に青井実キャスターが向かいました。
岩手県の三陸海岸を走る三陸鉄道。
東日本大震災では甚大な被害を受けましたが、2020年、全線で復旧しました。
岩手県立大槌高校の生徒さんたちが駅のホームで出迎えてくれました。
おそろいの紫色のはっぴ姿で出迎えてくれたのは大槌高校の復興研究会の皆さんです。
全校生徒162人の大槌高校。
復興研究会には、その6割にあたる約90人が所属しています。
青井実キャスター:
震災から15年たつわけですが、記憶があったりなかったりという世代。どういう思いで普段活動を?
大槌高校2年・小嶋優渉さん:
震災当時のことは覚えてないけれど、震災伝承というのを今まで伝えてきてくれた人たちのために、私たちが今度は伝えようというのを大事にして活動しています。
復興研究会の皆さんと大槌の町へ。
そこで出された問いは…。
復興研究会の生徒:
ここで津波警報が出ました、津波の高さは約10メートル、津波到達予定時刻は約30分後です、あなたはどこに避難しますか?
青井実キャスター:
あっちの方の高台に行きたいなと思いますよね。
一刻を争う高台への避難。
ところが、高台へ向かうと…。
青井実キャスター:
まだ少し上かな…。
復興研究会の生徒:
まだ全然上。
そして、ここで復興研究会の活動の1つ「定点観測」を行います。
町内の180カ所で、同じアングルで撮影を続けています。
この12年間で生徒たちが撮影した写真は5000枚以上。
震災を記憶していない世代にとって、この積み重ねが重要だといいます。
復興研究会の生徒:
どうやって復興してきたか、すごくわかります。
さらに、震災後に建てられた防潮堤へ。
青井実キャスター:
かなり大きいですね、堤防。
復興研究会の生徒:
でも大槌町にきた津波の高さが10メートルから22メートルなんですよ。なので、もしかしたらこれを超える津波がくるかもしれない(と言われている)。
生徒たちは、震災を覚えていないからこそ伝えていくことが大切だといいます。
大槌高校2年・小嶋優渉さん:
伝え続けていくことがやっぱり大事なのかなと。
生徒たちは「定点観測をやっているからこそ大槌町の町の風景がわかるので」「僕たちが伝えていかないと、後々の子たちがどんどん忘れていって、(震災が)なかったことになってしまうから、そこは頑張って自分たちも説明しています」「自分は1回岩手から出るんですけど、また帰ってきて大槌に住んで、次は自分が聞かれて、自分がまたもう1回、こういうことを教える役目になりたいというのは自分の目標ではあります」と話していました。
青井実キャスター:
三陸鉄道の島越駅。今から15年前、この駅も津波の影響を受けて壊滅的な被害を受けました。
それから15年、このように目に見える形の復興が進み、新しい駅舎に生まれ変わりました。
目に見える形の復興ではなく、今回、目に見えない記憶の風化。
課題が叫ばれている記憶の風化というのはどうなっているのかというのを取材しに大槌高校に向かいました。
生徒に話を聞くと、「復興研究会を通じて人を助ける仕事に就きたい」「大槌町を一度離れるけれども大きくなったら大槌に戻って役に立ちたい」などの声が聞かれました。
その中で一番印象に残ったのは、「震災を知らない世代、私たちはつないでいく世代なんだ」と話してくれたことです。
定点観測や、お年寄りに一生懸命、地道に話を聞く、そんな彼らの背中を見ることで、本当に頼もしく思いました。
震災から15年、記憶の風化が叫ばれる中で、着実にこの地域で、そういった思いや心というのは受け継がれているんだなと改めて感じました。