大阪市阿部野区に、ワンピースの専門店「ワタシノオヘソ」がある。しかし、聞こえてくるのは店主と客の会話だけではない。女性たちの楽しげな歌声だ。
♪Let it Shine、Let it Shine~
色とりどりのワンピースを揺らしながら歌う彼女たちは、かつて様々な理由でおしゃれを諦めていた。
「このワンピースに出会わなかったら、私はどん底のままやったと思います」。
育児、介護、仕事、“自分以外”のために奔走する。様々な過去を抱えた女性たちが、一着のワンピースをきっかけに自分らしさを取り戻していく物語を追った。
大阪市阿部野区の住宅街。自宅を改装したサロンが、ワンピース専門店「ワタシノオヘソ」だ。ずらりと並ぶのは、国内外で買い付けた150着以上のワンピース。生地やボタン、シルエットが個性的な一点ものの古着ばかりで、価格帯は1万3千円から2万円ほどである。
オーナーの今西ゆかりさんは、客に似合う一着を提案するコーディネートのプロに見えるが、意外な本業を持っている。
【今西ゆかりさん】「普段は害虫駆除をやっております」
実は、彼女は害虫駆除会社の社長なのだ。3年前にこの店を始めた背景には、彼女自身の過去の挫折が深く関係していた。
■「私がやるしかない」仕事と4人の子育てに追われた壮絶な日々
大阪で生まれ育った今西さんは、20歳で結婚し2人の子どもに恵まれたが、5年後に離婚。子どもを連れて実家に戻り、父親が営む害虫駆除の会社で働き始めた。その後、社長に就任。33歳で再婚し、さらに2人の子どもを出産。4人の子の母となった。
仕事は力仕事の現場。家に帰れば家事と育児の「第2ラウンド」が待っている。年の離れた4人の子どもたちは、いわゆるステップファミリー。
「私の2人連れ子で、夫に子どもごと引き受けてもらったっていう形だった。この家族をまとめるのは私しかいないんだみたいな、自己責任だみたいな感じで。母としてみたいなところが、多分重すぎたんと思うんですけど」
仕事と家庭にまったく余裕がない日々が10年以上続いた。
■「ママ、笑って」子どもに言われた一言と、人生を変えた真っ赤なワンピース
そんな今西さんを、コロナ禍が直撃した。害虫駆除の依頼が激減し、張り詰めていた心は限界に達していた。そのとき、子どもたちにかけられた言葉が胸に突き刺さる。
「『ママ、笑って』って言われたこともありました。ショックでした。家族を作っていくのに生涯捧げてるじゃないけど、その子たちに幸せそうに見えてない。で、その子たちも幸せじゃない。何してるん、何してきたんって思いました」
何をするにも気力が起きず、塞ぎ込む日々。そんな彼女を変えるきっかけとなったのが、一着の真っ赤なワンピースだった。心配した母に「洋服でも見に行こう」と誘われ、気分が乗らないまま出かけた先でのこと。
「あんた昔こういう派手なワンピースとかよう着てたやん」
母から差し出されたワンピースを、もう49歳だからと一度は断ったが、試着だけでもと勧められて袖を通した瞬間、世界が変わった。
「これを着たときに、もうなんか全身にアドレナリンが湧くみたいな、かわいいってこう心が踊るような、ビビビーっと来た。それから自分のために心が踊るワンピースばかりを探す、自分のために探すようになりました」
■「私こんなん着ていいんかな」育児や介護で自分を後回しにしてきた女性たち
最初は自分のためだったが、いつしか「本当はワンピースを着たい大人の女性が多いのではないか」と思うようになった今西さん。思い立ってからわずか1か月で、自宅を活用した専門店をオープンさせた。
店はゆっくり試着できるよう予約制で、訪れる客は50代から70代の女性がメインだ。彼女たちもまた、今西さんと同じように、様々な事情でおしゃれから遠ざかっていた。
常連客の岩川さんもその一人。「男の子3人を育てていたので、夏はTシャツにジーンズ、冬はトレーナーに」。かつてはワンオペで3人の息子の育児に奮闘し、汚れてもいい服ばかり選んでいた。「良き妻、良き母でなくてはならない」という時代の雰囲気もあった。子育てが終わると、すぐに母親の介護が始まった。
「ほぼ毎日、朝夕母のところに行って、ご飯の支度を一緒にして食べたり」。昨年秋に95歳で母を看取り、一息ついたときに目に入ったのが、今西さんの店のワンピースだった。
「このワンピースは1番初めに買ったワンピースで、もう超お気に入りで。なんか気持ちも華やかになるし。やっと今、自分の好きなものを着たり、そのきっかけを作ってくれたのはこのゆうちゃんとこのワンピース屋さんで」
名古屋や岡山と、遠方から訪れた客もいる。「自分が選ばないようなものを、ゆうちゃんが『こんなのどうですか』ってさっと出してくれたやつがまたすごいこう、『え、私こんなん着ていいんかな』みたいなので」と、みな新たな自分との出会いに驚きを隠さない。
■歌って、揺れて、心躍る。「わんぴーず」が呼び覚ます本来の自分
この日、店には色とりどりのワンピースを着た女性たち総勢22人が集まっていた。彼女たちは、今西さんが作ったグループ「わんぴーず」のメンバーだ。「ワンピースをみんなで着て、出かけよう」という思いで結成され、これまで東京の屋形船に乗ったり、京都の川床に行ったりと、活動を共にしてきた。
今回のイベントは、ゴスペルシンガーのレッスンを受け、「みんなでゴスペルを歌ってワンピースをかわいく揺らそう」というもの。最初は緊張気味だった参加者たちも、歌い出すと徐々に体が揺れ始め、笑顔が広がる。
「すごい幸せ。ちょっと今泣きそうになったんです、さっき歌ってて」
「自分が揺れててパッて見たら、みんなが一緒に揺れてるこの一体感、すごい楽しかったです」
「自分の中にあったなんか楽しいワクワクがいっぱいこう呼び起こされて出てくるから」
今西さんは、この活動に込める思いをこう語る。
「もう間違いなく私たち頑張って生きてきたっていうのはめっちゃあるじゃないですか。で、エネルギーもパワーもあるんだけど、もう人に使うよりワンピース入口でもう自分に使っていこうっていうのが伝えたいこと」
ワンピースがくれたのは、自分自身に目を向けるきっかけ。一着の服が、忘れかけていた「楽しい」「ワクワクする」という感情を呼び覚まし、彼女たちの人生を再び彩り始めている。人生を彩るのは、他の誰でもない、自分自身なのだ。
(関西テレビ「newsランナー」2026年3月5日放送)