俳優の大東駿介さんが、訪れた街のうんちくや、まだ地元住民にも知られていないような魅力を探す「発見!てくてく学」。今回訪れたのは、下町情緒あふれる神戸・長田だ。
長田といえば「そばめし」発祥の地として有名。牛すじとこんにゃくを煮込んだ甘辛い「ぼっかけ」と、長田で愛される「ばらソース」が絶妙にマッチした自慢のソウルフードだ。
しかし、今回の「発見!てくてく学」では、そんなグルメだけではない長田の知られざる魅力を調査する。
大東駿介さん:これいい商店街ですね。広くて高くて立派な商店街。
■靴の町として知られる長田
長田は靴の町としても知られている。実は、“ある靴”を求めて全国からお客さんが長田にやってくるのだ。
街を歩く中で大東さんが出会った合鍵と靴修理のお店の主人によると、長田は靴工場がたくさんある。特に合成ゴムを使った「ケミカルシューズ」が有名で、一時期は年間1億足もの靴が長田で生産されていたそうだ。
大東駿介さん:長田の靴の特徴ってどういうところにあるんですか?
靴修理の店主:ケミカルシューズって言うんですかね。合成ゴムを使った履きやすい靴、軽い靴。機能性を重視した靴が多いかな。
街で出会った女性グループとの会話では「履き倒れ」という言葉も飛び出した。
街の人:神戸はほんとに靴屋さん多かったから、“履き倒れ”って言ってたから。
大東駿介さん:履き倒れ?
街の人:京都の着倒れ、大阪の食い倒れ、神戸の履き倒れ。

■全国から訪れる人々を救う靴職人
長田で見つけた完全予約制のオーダーメイドシューズ専門店「アトリエ・ヨージ」。ここには特別な靴職人がいた。
靴職人歴50年の西田さんは、足に特徴のある人、障がいのある人のために特別な靴を作っている。
西田葉二さん:私が今作ってる靴はちょっと特殊。下半身、足に何らかのハンディキャップがある人の靴を作ってる。
足に悩みを抱える人たちが、全国からこの店に訪れるそうだ。
西田さんの作るオーダーメイドシューズを履けば、市販の靴では歩けない人も歩けるようになるというのだ。

■阪神・淡路大震災から生まれた新たな使命
西田さんがこの特別な靴づくりを始めたきっかけは、1995年の阪神・淡路大震災だった。
西田さん:地震でこの地区が80パーセントか90パーセントか、もう壊滅状態になった。長田の靴産業、ほぼ終わったなと。そういう感じに思えたんで。何かせなあかんと。
震災により、靴の街のにぎわいは一瞬で奪われた。
西田さんは復興のために何ができるのか考え、長年培ってきた技術を活かしたオーダーメイドの靴作りを始めたのだ。
大東駿介さん:毎日どこか出かけるときに靴って必要なもので、履いた瞬間に何か我慢から始まるってつらいですよね。
西田さん:そういう人はもう出ないんですよ。
大東駿介さん:そもそも出なくなっちゃう。
西田さん:合う靴がないから、足が痛いから歩かれへん。
それぞれの悩みに合わせて作る靴は1足14万円3000円~。手間を惜しまず、制作期間は約2カ月かかる。

■昭和レトロなガラスがSNSで大人気
大東さんが次に訪れたのは、SNSで話題になっている工芸品を作るお店だ。
大東駿介さん:うわ、うれしい。めちゃくちゃうれしい。
以前からこの工芸品に興味を持っていた大東さんは感激している様子だ。
1927年(昭和2年)に創業した「旭屋ガラス店」を訪れた大東さん。ここでは三代目の古舘嘉一さんが、先代の父が残していた昔ながらの模様入りガラスを使って、皿などの工芸品を作っている。
古舘さん:昔ならではの、模様のついたガラスを違う使い方をして…違う姿に変えて、生活に取り入れてもらう。
模様入りのガラスには名前がついていて、一番人気は「銀河」という模様だということだ。当時は70種類ほどあったそうだ。
大東駿介さん:これ見てください、この曲線。触ったときに思い出が蘇る。
古民家や建物の解体現場から集めた昭和時代のレトロなガラスを再利用し、電気炉で熱をかけて成形する。
昔ながらの昭和レトロのガラスはSNSでも話題となり、注文が殺到しているそうだ。

■神戸から能登へ、震災を越えて
神戸の震災を乗り越えて残った「旭屋ガラス店」だが、古舘さんがいま力を入れているのが…。
古舘さん:石川県で能登半島地震。被災した家からガラスを引き取らせていただいて、お皿やランプシェードにしてプレゼントして、残りのガラスを使わせてもらって、また作品を作って、売り上げの一部を支援にまわす。
2024年の元日、石川県の能登地方を襲った地震。全壊や半壊となった住宅は、3万棟にものぼった。
「微力でも、能登の被災地の力になりたい…」
古舘さんは被害を受けた住宅からガラスを預かり、作品にして、家の持ち主に送っているのだ。
大東駿介さん:お父さんが震災(阪神淡路大震災)で壊れた建物からガラスを集めてきて、被災された方の手元に届いたら素敵やなと思っていたんですけど、今まさに能登で、いただいた先にお返しする。人の思いもより良い形でもう一度残していく。
古舘さん:僕も被災した身で、ここまで復興させていただいてる。僕の技術を使って支援ができたらうれしい。
大東駿介さん:神戸の震災があったからこそできる、新しい取り組みですね。
長田の街には、震災の経験から生まれた新たな価値と伝統が息づいている。
(関西テレビ「newsランナー 大東駿介の発見!てくてく学」2026年1月29日放送)
