韓国で、ガールズグループ「ニュージーンズ(NewJeans)」を世に送り出し、“母”とも称されてきた敏腕プロデューサー、ミン・ヒジン氏の記者会見が波紋を呼んでいる。
芸能事務所大手ハイブ(HYBE)に対し、256億ウォン(約26億円)という巨額の株式売買代金請求を放棄する代わりに、自身やニュージーンズメンバー、関係者らに対する「民事・刑事訴訟を停止し、あらゆる紛争を中断して欲しい」と求めたのだ。
ミン氏はなぜ256億ウォン放棄を提案したのか、ニュージーンズ復活はあるのか――その真意を探った。
大胆提案の真意
ミン氏は256億ウォン放棄の理由について、ニュージーンズの存在を強調した。
「最も切実な理由はニュージーンズのメンバーたちです」
「ニュージーンズの5人が再び集い、思う存分自由に夢を広げられる環境を整えてください」
ニュージーンズは所属事務所のアドア(ADOR)がミン氏を代表職から解任したことに反発、契約解除を宣言し独立を模索したが、裁判で完敗した。
メンバーは事務所への復帰を表明したが、5人全員での復帰は実現しなかった。
アドア側がダニエルとの専属契約を解除し、ニュージーンズの脱退と復帰遅延の責任を問うとしてダニエルと家族、ミン氏に対し、約431億ウォン(約43億円)の損害賠償請求訴訟を起こしたためだ。
ミン氏は「5人のメンバーが、誰かは舞台に、誰かは法廷に立たなければならない現実を、これ以上見守ることはできません」と話し、「アーティストが再び輝ける道を開くこと、それこそが大人の唯一の役割です」と訴えた。
巨額の金銭よりも尊い価値、K-POP産業全体の発展と和合、法廷でなく創作の場…ミン氏が挙げた理由はいずれも道義的でK-POPファンだけでなく、世論の支持を意識したものだ。
だが、ミン氏の異例の決断を単なる美談として、もしくはアーティストやK-POP業界に対する使命感と見るのは早計だろう。そこには冷静な計算と高度なマーケティング戦略が交錯している。
「攻めの防御」と6分会見の「危機管理」
まず注目すべきはタイミングだ。
ハイブとの裁判で一審勝訴という追い風の直後に放棄を打ち出すことで、ミン氏は議論の主導権を握った。
ハイブとの法廷闘争の争点を「契約違反の有無」から「アーティストを守る大人の責任」という倫理的テーマへと移し替えたからだ。
ハイブが提案を受け入れれば、ミン氏は「自らの利益を犠牲にして業界とメンバーを守った人物」として再出発が可能になる。
一方、ハイブに拒否されても、ミン氏は「和解を望んだが拒まれた」立場となり、どちらに転んでも一定の道義的優位を確保できる。いわば「攻めの防御」だ。
会見は用意した原稿を読み上げるのみで、わずか6分で終了した。
質疑応答を排除した点に記者や視聴者からは批判や戸惑いの声が上がったが、ここにも計算がにじむ。
以前の会見でミン氏はハイブに対し、「犬オヤジ」など罵詈雑言を連発し、率直な物言いで世論の支持を獲得した。反面、感情的な応酬や不用意な発言にはリスクも伴う。
今回はそうしたリスクを遮断し、メッセージを「お金よりニュージーンズ復帰」の一点に集中させた。議論ではなく「印象」を残すことにより世論戦で優位に立つ狙いがあった。
意味深なSNS演出
一審勝訴後にミン氏は自身のインスタグラムに意味深長な動画を投稿した。
そこには「みんなの応援のおかげ」というメッセージとともに、青い帽子をかぶり緑のストライプのTシャツを着た恐竜が自転車に乗り、5匹のウサギと一緒に走る姿が映っていた。
恐竜の服はミン氏がハイブとの争い以降、初めて開いた記者会見で着用した服装を連想させる。
ミン氏の新レーベル「ooak records(オーケーレコーズ)」の恐竜キャラクターとニュージーンズを象徴するウサギの共演――これは何を意味するのか?
・恐竜=新レーベルの未来
・ウサギ=5人全員のニュージーンズ
恐竜とウサギが「ともに音楽の道を走っていく」姿は、「対立ではなく共存」から「ニュージーンズとの合流」まで様々な解釈が可能だ。
いずれにせよ、ミン氏は判決を一つの区切りとして、ニュージーンズも含めた自身のブランド再構築を検討していたと考えられる。
ミン氏による新たなボーイズグループの結成の動きも本格化しており、新レーベルには投資の申し出が相次いでいるとも言われる。
256億ウォンの放棄は自身のプロデュース力とブランディング力で資本を呼び込めるという自信の表れであり、業界最大手ハイブに対する「本業での挑戦状」とも言える。
ニュージーンズ復活の現実性
K-POPファンにとって最大の関心は、ニュージーンズが5人全員で舞台に戻れるかどうかである。
5人の完全復帰にはハイブ側がミン氏の提案を受け入れることが前提となる。
今のところハイブは、ミン氏の提案に公式の反応を示していないが、受け入れは容易ではなさそうだ。
ハイブ側は判決を不服として既に控訴し、支払い停止のための供託金も支出するなど、法廷で争う姿勢を明確にしていた。
このため、提案の受け入れは裁判での「負け」を認め、「事実上の譲歩」と受け取られる可能性がある。
また、莫大な先行投資をして育成したアーティストに対する「引き抜き行為」が正当化される懸念もある。
韓国最大のK-POP企業団体である韓国音楽コンテンツ協会もこの点を強く懸念する緊急声明を出しており、簡単に譲歩すると業界内の地位が揺らぐ。
だが可能性がゼロとは言えない。
ハイブにとっては時間・費用・ブランド価値を消耗させる長期訴訟を回避し、企業イメージを回復させるメリットもあるからだ。
世論が「5人での復活」を強く支持すれば、妥協を模索する余地は残る。
「時間とイメージ」の争い
ミン氏の256億ウォン放棄は、資金よりも「時間」と「ブランド価値」を優先した決断といえる。
長期訴訟による消耗を避け、主戦場を法廷から創作現場へ移し、争点を契約論から「アーティストを守る責任」へ転換する狙いがある。
今後の評価は成果次第で変わる。
新レーベルが成功すれば、先見の明ある決断と見なされるだろうが、失敗すればそのまま忘れさられるだろう。
ニュージーンズの完全復活も法だけでなく、世論と市場の動向が左右する。

巧みなイメージ戦略と世論誘導でK-POP業界をけん引してきたミン氏の正念場は、法廷から次にプロデュースする新アーティストの音楽とその成功にかかっている。
