東京・町田市の玉川学園小学部の教師が2018年に自殺したのは、超過勤務や保護者対応でかかった負荷によるものとして、2025年10月28日に労災が認定されていたことがわかった。
亡くなった佐藤馨一さん(当時39)は玉川学園小学部で1年生の担任教師として勤務していた2018年7月8日、行方がわからなくなり、翌年の4月19日に川崎市内の山林で白骨遺体で見つかった。近くにローブがあるなど、現場の状況から自殺と見られる。何が自殺の引き金になったのか、父親の久雄さん(78)ら遺族は馨一さんの労災認定をめぐり国に対して訴訟を起こすことで真相解明を求めてきた。
夢かなえ教師に
馨一さんは1978年生まれ。幼くして父親の赴任にともない渡米し、3歳から8歳の間、アメリカで過ごした。
当時からサッカーに親しんでいて、中高時代も部活で打ち込んでいた。
幼稚園の先生になることを目標とし、玉川学園大学に進学。夢をかなえ、同学園の幼稚部で教師として採用された。
その後、16年間を幼稚部で過ごし、自殺する前年の2017年に小学部のバイリンガルクラスの教師に異動になっていた。
休憩時間ゼロ、持ち帰り残業も…
父・久雄さんが2024年、東京地裁に提訴した労災認定をめぐる裁判では、自殺直近での超過勤務時間が焦点となった。
馨一さんが学校側に提出していた勤務記録によると、月の超過勤務は20~30時間程度。労基署のその後の調査でも最大で61時間だった。つまり、80時間の「過労死ライン」には当てはまらないとされていた。
しかし、遺族ら原告側は、実態との乖離があると指摘した。
まず、学校の所定の始業時間は午前8時とされていたが、子供たちが7時台には登校し、校庭で遊びはじめる。このため、馨一さんも他の教師も午前7時すぎには登校していた。
また、玉川学園小学部には職員室が無く、教師は教室内の机で常に児童を見守ることを要求されていたという。
所定の休憩時間である正午からの1時間についても、教室で子供たちの給食を見守る必要があるうえ、12時45分から授業が始まるため、実態に合っていない。休憩時間と言えるものは無かったと主張した。
また、馨一さんの同居家族によると、毎晩9時半ごろから勉強部屋でパソコンを打ち仕事をしていて、12時ごろにのぞいても仕事をしていたという。こうした証言から月に40~60時間の「持ち帰り残業」があったと推定されると主張した。
