平成最後の終戦の日と靖国神社 参拝した政治家が語った思い

カテゴリ:国内

  • 「戦争を知らない政治家」ばかりの時代への危惧も
  • 「追悼の場」としての靖国の現実 
  • 石原慎太郎氏が訴えた「陛下の参拝実現」 

平成最後の終戦の日に「昭和が遠くなりにけり」

8月15日、平成最後の「終戦の日」を迎えた靖国神社には、今年も多くの人々、そして政治家が参拝に訪れた。
私は2010年以降、毎年「終戦の日」の靖国神社を取材しているが、今年は参拝した政治家たちにも、平成最後ならではの様々な感慨が交錯していると感じた。

「明治は遠くなりにけり、と言った頃もございますけれども、今や昭和が遠くなってしまいました」

午前11時過ぎ、超党派で作る「みんなで靖国神社を参拝する会」の会長を務める尾辻秀久元参院副議長(77)は、靖国神社への集団参拝後の会見の第一声でこう述べた。俳人の中村草田男が1931年(昭和6年)に詠んだ「降る雪や明治は遠くなりけり」の句を引用したわけだが、平成も30年となり、来年には今上陛下の退位が控える中で、哀愁を感じさせる言葉だった。

また、今年「みんなで靖国神社を参拝する会」では衆参合わせて50人の国会議員が参拝をしたが、去年は63人だったことを考えると人数の減少は否めなかった。

みんなで靖国神社を参拝する会、前列中央が尾辻会長

人数が減った理由を記者団に聞かれた尾辻氏は、「お参りの数と関係があるかわからないが」としつつ、次のように述べた。

国会議員がもう戦争を知らない世代となってしまった。このことは今後、日本の行く末をどういう風に定めていくかということで、影響がでるのかなと。間違った方向に出なければいいがなと思っております

尾辻氏は3歳の時に、駆逐艦「夕霧」の艦長だった、父・秀一氏をソロモン諸島沖の海戦で亡くしている。悲惨な戦争を二度と繰り返さない誓いを靖国神社の英霊たちに祈念してきただけに、先の大戦があった「昭和」が「遠くなる」ことについて、警鐘を鳴らした形だ。

安倍首相は代理人に玉串料を託す

「先人たちの御霊にしっかりとお参りしてくださいと。本日は参拝に行けず申し訳ないという言葉がありました」

尾辻氏の会見に先立つこと3時間前の午前8時半過ぎ、自民党の柴山総裁特別補佐は安倍総裁(首相)の代理として靖国神社に玉串料を奉納し、記者団に安倍首相の思いを説明した。

安倍首相は2013年12月に、就任1年のタイミングで、電撃的に靖国神社を参拝した。しかしそれ以降は、春と秋の例大祭に真榊と呼ばれる供え物を奉納し、終戦の日には代理人が玉串料を納め、自身の参拝は見送ってきた。今年も例年通りの対応で、北朝鮮情勢を巡り、東アジアの外交・安全保障環境が激変する中で、中国や韓国を刺激するのは得策ではないという”大人の対応”を取ったともいえるだろう。

参拝に訪れた小泉進次郎氏

このほか自民党議員では、小泉進次郎筆頭副幹事長らも参拝したほか、安倍首相最側近の萩生田幹事長代行も靖国神社を参拝した。平成も終わりを迎えようとする中で、今も首相や閣僚の靖国参拝が大きな問題となっている現状について萩生田氏に問うと、次のように述べた。

参拝に訪れた萩生田光一氏

「様々な誤解に基づくものもあるんだと思います。我々としては先人の皆さんの犠牲の上に今日の平和があることをしっかりと受け止めて、二度と戦争を起こさない国であり続けることを世界にしっかり発信して理解を深めていきたい

「追悼の場」としての靖国の現実

私は毎年必ず靖国神社を参拝している自民党議員に、靖国問題への考えを聞いたときに、次のように言われたことを鮮明に覚えている。

「靖国に手を合わせている人を見て、あの人たちはもう1回戦争をしたいと思っている人だと思うか?もう二度と戦争を起こさない、あんな悲劇は繰り返さないという思いで参拝しているじゃないか」


靖国神社と言えば、一部では「軍国主義の復活」だとか「戦争礼賛」と批判を受けることもある。しかし、私が靖国の取材を続けている場で、そんなことを言っている人を一度も見たことはない。しかし、現に靖国参拝を巡る問題は続いている。

靖国神社は1869年(明治2年)に明治天皇の意を受けて創建され、明治維新と、その後の戦争において亡くなった方々の御霊、約246万6千柱が祀られている。

現在、中国や韓国などが首相や閣僚による参拝を問題視している点は先の大戦で戦争責任を問われた東条英機元首相ら、いわゆるA級戦犯が合祀されていることだ。東条元首相ら東京裁判で死刑判決を受けて処刑された7人は、1978年に神社によって密かに合祀され、翌年その事実が明らかになった。

それでも合祀された当初は大平正芳首相、鈴木善幸首相が参拝していたものの、大きな問題にはならなかった。しかし、1985年8月に中曽根首相が「首相として公式参拝」したことに対する日本国内の報道を受けて、中国・韓国が反発し、それ以降、靖国参拝は政治問題化した。

この問題の是非について、ここで詳しく論じることは割愛するが、先述した自民党議員が言っていたことを思い出す。

「むしろ靖国神社に誰も参拝しなくなる。神社が寂れるような事態になった時に、本当に日本は危ないんじゃないかと思う。あそこに手を合わせに行く人がいる限りは、日本は平和を守り続けられると思うんだ」
 

石原慎太郎元知事が”吠えた”思いとは

参拝に訪れた石原慎太郎氏

靖国神社からほど近い日本武道館で、天皇陛下ご臨席のもと、全国戦没者追悼式が行われていた午後0時半、石原慎太郎元東京都知事が靖国神社を参拝した。85歳となった石原氏は、足取りにこそ重さを感じたが、はっきりとした口調で次のように述べた。

「天皇陛下はなんでここに参拝されないんですか。道路またいだ向うの武道館にいらっしゃる。私はね、戦争を知る人間として、戦争を知っている人間は国民の全部の声だと思う。天皇陛下は参拝されるべきです。絶対に!」

石原氏は記者団の取材に答えた後、周辺で見守っていた人々にも歩み寄り、同じ話を繰り返していた。石原氏らしい歯に衣着せぬ発言ではあるが、実際に、例大祭への勅使の派遣は続いているものの、天皇陛下ご自身の靖国神社への参拝は、昭和天皇が1975年に参拝して以降、行われていない。

その理由は明確になっていないが、昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感を示していたことを示す内容の元宮内庁長官のメモの存在が2006年に明らかになっている。確かに合祀以降に陛下の参拝は途絶えていて、メモは有力な資料とされているが、一方でメモの解釈をめぐっては異論もある。

こうした中、これまでも靖国問題解決のために「A級戦犯分祀」や、「国立追悼施設の設置」などの案も出されたが、分祀は難しいという神社側の立場や、靖国神社こそ唯一の追悼施設だとの意見も強く、実現には至っていない。

 しかし陛下の退位という大きな節目を来年に控える中で、天皇陛下の「御親拝」に向けての環境整備に向けて、今こそ知恵を出す時ではないだろうか。それが「靖国に再び集う」として散っていった英霊たちに対する、今を生きる我々の責務だと、靖国取材を続ける身として感じている。

(政治部 与党担当キャップ 中西孝介)

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