三枝成彰と仙台フィルが奏でた“ガンダムの魂”

2024年8月、仙台市にある「イズミティ21」の大ホールは、かつてない熱気が満ちていた。
仙台フィルハーモニー管弦楽団が披露したのは、『機動戦士Zガンダム』の交響組曲。
40年の沈黙を破って、幻の楽曲がついに現代によみがえった。

この日、会場を訪れていたのは、作品の音楽を手がけた作曲家・三枝成彰。
その口から、しみじみとした一言がこぼれた。

「われながら手抜きのない、いい作品だ」

今なおファンの心を震わせ続ける“宇宙世紀ガンダム”。その魂を、音楽という形で蘇らせた日だった。

宇宙世紀0087 刻をこえて受け継がれたゼータの鼓動

『機動戦士Zガンダム』は、1985年に放送されたガンダムシリーズ初の正統続編である。
前作『機動戦士ガンダム』(1979年)から7年後の世界を描き、主人公アムロ・レイからバトンを受け継いだ新たな主人公・カミーユ・ビダンの苦悩と成長を軸に、重厚な人間ドラマが展開された。
「君は刻の涙を見る」―本作の象徴的なキャッチコピーに込められた通り、戦争と喪失、理想と現実の狭間で揺れる登場人物たちの姿は、今も多くのファンの胸に刻まれている。

そして、物語を支えるもうひとつの柱が「音楽」だ。
劇中サウンドを手がけたのが、作曲家・三枝成彰。彼がアニメの劇伴(映像作品の伴奏音楽)として作曲したスコアは、壮大な音楽世界として高く評価された。
その後、劇中音楽をオーケストラ用に再構成した『交響組曲Zガンダム』がCD化されたが、収録のため生演奏された後は、やがてその譜面も行方不明となっていた。

三枝成彰氏 1942年生まれ 代表作に、オラトリオ「ヤマトタケル」、オペラ「千の記憶の物語」等、映画音楽に「優駿」「お引越し」「機動戦士ガンダム~逆襲のシャア~」「機動戦士Zガンダム」、NHK大河ドラマ「太平記」「花の乱」等多数
三枝成彰氏 1942年生まれ 代表作に、オラトリオ「ヤマトタケル」、オペラ「千の記憶の物語」等、映画音楽に「優駿」「お引越し」「機動戦士ガンダム~逆襲のシャア~」「機動戦士Zガンダム」、NHK大河ドラマ「太平記」「花の乱」等多数
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幻の譜面との再会

40年の沈黙を破ったきっかけは、全く別のプロジェクトからだった。
2024年、劇場版『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』の準備中、バンダイナムコグループの倉庫から段ボール箱が発見された。それはまぎれもなく、三枝成彰直筆の『交響組曲Zガンダム』の指揮者用譜面だった。

「Zガンダムのキャラ名が書いてある…これは!」

ガンダムに人生を捧げたスタッフたちが歓喜し、眠っていたスコアは目を覚ました。
演奏するためには、スコアだけでなく楽器ごとの「パート譜」が必要である。そこで仙台フィルとバンダイナムコグループが連携し、一からパート譜を作り直す作業に挑んだのだ。

バンダイナムコグループの倉庫から2023年11月に偶然見つかった楽譜(画像はコピー)
バンダイナムコグループの倉庫から2023年11月に偶然見つかった楽譜(画像はコピー)

鼓動を蘇らせた仙台フィルの挑戦

仙台フィルの指揮を担ったのは、気鋭の若手指揮者・太田弦。じつは無類のガンダムファンであり、Zガンダムのガンプラを自作してリハーサルに臨むほどの熱量を注いだ。

「自分は平成生まれ。Zガンダム作品は世代ではないけれど、履修はしている。好きな作品であり、三枝さんの音楽とガンダム、両方を愛する人々に届く演奏を届けたいと思った」

その思いは、確かに音に宿った。
カタパルトデッキから出撃していく、モビルスーツの姿が目に浮かぶ第1楽章「Ζガンダムのテーマ」。
鬼気迫るサイコガンダム戦を彷彿とさせる第2楽章「戦争と平和」。
ティターンズとの艦隊戦、ハマーンの策略を感じさせる第3楽章「宇宙巡洋艦のテーマ」。
エゥーゴのテーマとして響く第4楽章「猜疑の勝利」。
そして、カミーユとフォウの愛と悲しみが響き渡る第7楽章「愛の協奏曲」。

聴衆の感想も、熱を帯びていた。

「戦艦アーガマからZガンダムが発進するシーンがよみがえった」
「宇宙世紀あってこそのガンダムだと実感した」
「心が震えた。次の世代につながる音楽だと感じた」

仙台フィルは1973年に市民オーケストラ「宮城フィルハーモニー管弦楽団」として誕生 「杜の都」の音楽文化における中心的役割を担っている
仙台フィルは1973年に市民オーケストラ「宮城フィルハーモニー管弦楽団」として誕生 「杜の都」の音楽文化における中心的役割を担っている

三枝成彰が語る 富野監督の情熱

演奏会当日、三枝成彰はリハーサルから立ち会った。
久々に自身の作品を耳にした感想は、率直だった。

「劇伴は、手抜きで書くこともある。でも、これは手抜きじゃなかった。当時の自分は真面目だったな、と。うれしかった」

三枝氏がこの作品を手がけた当時、アニメ音楽はまだ“芸術”として評価されていなかったという。だが、富野由悠季監督の脚本に触れ、強く心を動かされた。

「正義の中にも悪があり、悪の中にも正義がある。ガンダムは普通のアニメとは違うと感じた」

クラシックと商業音楽、ふたつの世界をまたいだ作曲家が挑んだ交響組曲は、音楽のジャンルを超えて、Zガンダムの世界そのものを再現する“もうひとつの物語”であった。

三枝成彰氏 ちなみにZガンダムの登場人物・サエグサの名は三枝氏から取られているという
三枝成彰氏 ちなみにZガンダムの登場人物・サエグサの名は三枝氏から取られているという

再演は躍動する魂 解き放て、ゼータ

40年のときを超えて再演された『交響組曲Zガンダム』は、ただの懐古イベントではない。
失われた譜面を掘り起こし、命を吹き込み直し、再び聴衆に届ける。それは「記憶と魂の再構築」だった。
Zの音楽が鳴り響いた瞬間、かつてのファンも、初めて聴いた若い世代も、共に“宇宙世紀”という物語の一部になったのだ。
拍手が鳴り止まなかった会場。
それは三枝氏だけでなく、作品世界に捧げられた喝采でもあった。

2024年度からバンダイナムコグループの3社と協力し「エンターテインメント定期」と題したアニメコンサートを開催している仙台フィル
2024年度からバンダイナムコグループの3社と協力し「エンターテインメント定期」と題したアニメコンサートを開催している仙台フィル

THIS IS ONLY THE BEGINNING 刻は再び動き出す

この演奏会をきっかけに、ガンダム音楽の再演プロジェクトはさらに進化を遂げる。
次なる舞台は、『機動戦士ガンダムF91』。
ガンダムF91の交響詩もまた、長く失われていた譜面が見つかり、2025年夏、再演される。
仙台発のオーケストラが、ふたたび“宇宙世紀”を奏でる。
“THIS IS ONLY THE BEGINNING“―これは、まだ始まりにすぎない。

【演奏会情報】
特別演奏会 エンターテインメント定期 第5回
『機動戦士ガンダム』シリーズ~宇宙世紀コンサート~
2025年8月9日(土)
イズミティ21 大ホール(仙台市泉区)

仙台放送 2024年8月放送
仙台放送 2024年8月放送
仙台放送
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