オウム真理教による地下鉄サリン事件から10日後の1995年3月30日、国松孝次警察庁長官が銃撃され瀕死の重傷を負った事件は、2010年に未解決のまま時効を迎えた。
140人体制という未曾有の規模の捜査本部で犯人を追った警視庁は、徹底した聞き込みで不審者の目撃情報が次々に集まる一方で、現場の遺留品の捜査も進めていた。
事件発生から間もなく30年。
入手した数千ページにも及ぶ膨大な捜査資料と15年以上に及ぶ関係者への取材を通じ、当時の捜査員が何を考え何を追っていたのか、そして「長官銃撃事件とは何だったのか」を連載で描く。
(前話『失われた“ソバージュの男”の防犯カメラ映像…国松長官銃撃事件直前に警察トップの自宅を訪問した不審者が』はこちらから)
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念入りな遺留品捜査
地取り捜査班が様々な目撃情報を集めている中、現場での入念な鑑識捜査により、様々な遺留品が残されていることがわかった。

まず弾丸である。
目撃者の情報を総合すると、犯人は4発の弾丸を発射したとみられ、3発は長官に撃ち込まれた。残り1発は、秘書官が長官の体を引きずって退避させようとした際、生け垣に当たって跳弾していた。
弾丸は一般的に、火薬の爆発力によって筒状の銃身(バレル)に押し出される。
銃身の内部には何本かの溝が螺旋状に走っていて、火薬の爆発力によって銃身内部の螺旋状の溝にねじ込まれてくる弾丸に回転がかかる。弾丸に回転がかかるから真っすぐに遠くまで飛ぶという仕組みだ。

バレル内の溝をライフリングといい、この溝によって発射された弾丸の表面には傷がつく。この傷をライフルマーク=線条痕と呼ぶ。
ライフリングは銃の性能を決定づける重要な構造物で、銃によってそれぞれ異なることから、ライフルマークは銃の指紋とされている。
弾丸のライフルマークを調べれば、事件にどんな銃が使われたか特定できるということだ。
事件発生から1カ月後の捜査会議で、弾丸の鑑定結果が遺留物の捜査を担当している「証拠班」から報告された。
鑑定結果から特殊な銃と特殊な弾丸が使われたことがわかったのである。
コルト・パイソンとホローポイント弾
証拠班は次のように説明した。
「この弾丸のライフルマーク(線条痕)は『左回り7条』で、アメリカのコルト社製の『パイソン』というリボルバータイプの拳銃であることが判明しました。
地取り班からこれまでに報告された目撃情報の中に、犯人が銃身の長い銃を構えていたという話がありましたので、おそらくコルト・パイソンの「.357」(ドットさんごなな)というモデルの、バレルが8インチ(約20センチ)あるものと推定されます。
ただこの銃は既に製造が中止されています。

さらに弾丸そのものも非常に特殊なものだということが判明しました。
この弾は炸薬量の多いマグナム弾であるうえ、ホローポイント弾と呼ばれる特殊な弾でした。先端がくぼんでいて、弾が標的に当たった瞬間、弾頭がまるで傘が開いたキノコのような形になり、人に当たれば人体内部の柔らかいところを進んでいくことから、体内組織をボロボロに破壊していく恐ろしい弾です。
元々は航空機内で発生したハイジャック犯制圧を想定して開発されました。飛行中の機内で銃を撃った場合、人の体を貫通した弾丸が飛行機の機体に穴を開けてしまう恐れがありますが、それを防ぐために考案されたと言われています」

証拠班のこの報告に、一堂あらためて息を呑む思いだった。
弾丸のライフルマークから、遠くからでも狙いを射止めるため銃身の長い8インチバレルの銃と、殺傷能力の高いホローポイント弾が使われていたからだ。