パリオリンピック・パラリンピックの期間中、車椅子に乗る人、ベビーカーを押す人など、多くの人がパリを訪れる。しかし、パリの公共交通機関はエレベーターがないなど、「バリアだらけ」なのが実情だ。政府はタクシーを増やすなどの応急対策に乗り出したものの、街中はこのところ、大渋滞で混乱が広がっている。果たしてスムーズに移動できるのだろうか。今回、フランスの元パラリンピックメダリストの日常的な“移動”に密着し、バリアフリーとはほど遠いパリの現状を取材した。
空港からホテルの移動は苦労の連続! スーツケース所持者は心の準備を
少し想像してみて欲しい。
パリ五輪を楽しむために、日本から14時間を超える長時間フライトの末、ようやく空港に到着する。スーツケースをピックアップして、さぁ、ホテルを目指そう!と思いきや・・・
そこには、多くの苦労が待ち構えている。
まず、空港バスで市内中心部に着き、地下鉄のホームを目指す。しかし、エレベーターが見当たらない。仕方なく、重いスーツケースを抱え、何段もの階段を下りて上る。ホテルの最寄り駅で地上に出ると、今度は石畳のガタガタ道が続く。
スーツケースを引きずりながら、ようやくホテルに到着すると、安宿など場合によっては、そこにもエレベーターが設置されていない、なんてこともある。
重い荷物を持つ人は、オリンピック一色となるパリ観光を楽しむ前に、「バリアだらけ」の状況を楽しめる余裕が必要だ。
車椅子ユーザーが使える地下鉄はたったの1路線のみ
だが、それだけで「バリア」を乗り切れるわけでは、当然ない。
車椅子ユーザーにとって、この「バリア」は深刻な問題として立ちはだかる。
出会ったのは、パリ郊外に住む車椅子ユーザーのフランク・マイユさん。
1988年のソウルパラリンピックで銅メダルを獲得した元水泳選手だ。
フランクさんは、「パラリンピックの開催は、とても誇りに思います。ただ、(足の不自由な人に)パリにおいで、とは簡単には言えないです。バリアフリーは不十分で、とても複雑だからです」と話す。
移動の上でのバリアはどれほどのものなのか。
フランクさんの自宅があるパリ郊外の駅からパラリンピックの開会式が開かれるコンコルド広場まで、彼に同行すると、深刻な実態が見えてきた。
電車と地下鉄を乗り継いで、通常、約20分でいける道のりだ。
だが、地下鉄のその路線には、エレベーターがない。完全バリアフリー化されている路線は17路線のうち、たった1路線のみで、目的地に向かうには、大回りする必要があった。
駅にあるエレベーターの案内標識はとても分かりにくい上、時にはエレベーターが故障していて、フランクさんは立ち往生したこともあるという。こうしたことから車椅子ユーザーは常に困難が立ちはだかり、大きな不便を強いられる。
結局フランクさんは、目的地のコンコルド広場から少し離れた駅に到着し、そこから車椅子で歩道を通って広場に向かった。しかも歩道は工事で規制が多く、至る所に段差が存在していた。
フランクさんの電動車椅子のバッテリーは1回の充電で18kmしか走行できず、外出にあたっての精神的な負担は大きいという。
パリ交通公団は、ホームページで、駅のエレベーターの稼働状況をリアルタイムで公表するなどしていて、車椅子ユーザーは、事前に確認し移動のプランを決めることがカギとなる。
フランクさんは、「私たちはオリンピック・パラリンピックがバリアフリー化を加速させるきっかけになることを望んでいましたが、失望しています。バリアフリー化は大幅に遅れていて、がっかりです」とパリの現状を嘆いた。
「タクシー増便」で応急対策も…道路は大渋滞でメーターうなぎ登り!
そもそも、地下鉄のエレベーター不足やバリアフリー化は、オリンピック・パラリンピックの誘致が決まった時から懸念されていた問題だ。
だが、当然間に合うわけもなく、政府は2021年、全駅へのエレベーター設置を断念したと発表した。大規模な駅のみをバリアフリー化し、それを補う形で、車椅子ユーザー向けの車を増やす対策を取ることにしたのだ。
具体的には、観戦チケットを持っている車椅子ユーザー向けに、会場と駅を繋ぐ有料シャトルバスが用意されるほか、スロープ付きのタクシーも1000台に増やされる。
ただ、エッフェル塔などの観光名所に仮設の会場が設置される今回の大会では、大規模な交通規制が敷かれることになる。一部エリアではすでに通行止めが始まり、パリ市内では大渋滞が発生するなど混乱が生じている。タクシーの利用時間が延びれば延びるほど、メーターは上がっていく。
車椅子ユーザーのフランクさんは、タクシー増便の対策を歓迎していたものの、値段の面を心配していた。
バリアフリーは進んでいないけど…“おもてなし”はバッチリ?
移動の上で不便が多いパリだが、エレベーターがないからといって絶望する必要はない。
街中でよく見かけるのが、ベビーカーを持つ人を助けようと、手を差し伸べている市民の姿だ。
オリンピック開催までにバリアフリー化が十分に行き届いていない。だからこそ、お互いを助け合う思いやりがパリ市民にはあるように感じる。
事前に移動プランをしっかり立て、時には人の優しさに頼る。
それでもどうしようも無い時は、周囲の人に助けを求めると、何かしら応答があるはずだ。
100年ぶりの五輪開幕でお祭りモードに包まれるパリ。どんな立場の人でも、目いっぱい楽しめる機会となって欲しい。