いよいよ今週末開幕するミラノ・コルティナオリンピック。3度目のオリンピックに挑むスノーボード女子ハーフパイプの冨田せな選手は「これまでの支えに恩返しをしたい」と意気込みを語っています。
■冨田せな選手「スノボは生活の一部」 北京五輪では銅メダル獲得
昨年末、NSTのインタビューに答えてくれたのは、スノーボード女子ハーフパイプミラノ・コルティナオリンピック代表の冨田せな選手です。
【冨田せな選手】
「スノーボードを3歳からやってきて、生活の一部みたいになっているので、生活していて私を表現できる一つのものでもある。私らしさ全開でいきたい」
スノーボードを“生活の一部”と話す冨田選手といえば…
【実況】
「高校3年生。3歳からスノーボードを始めて、初めてのオリンピック」
18歳で出場した初めてのオリンピックは8位入賞。多くの人の印象に残ったのは大舞台で見せた笑顔でした。
【冨田せな選手】
「自分らしく滑れたのでよかった。出られるならまた頑張ろうと思う」
その4年後…今度は、よきライバルとして切磋琢磨してきた妹・るき選手とともに再び五輪の舞台へ。
【実況・解説】
「エア見せました。滑り切りました」
るき選手は初出場で5位。そして…
【実況】
「フロントサイド回して1080来ました。完璧に来ました。ビタビタに1回目から来ました」
冨田選手はこの種目、日本初の銅メダルを獲得しました。
その後1年間の休養を発表。ハーフパイプの入門スクールでコーチを務めたり、スケートパークの完成に花を添えたり、競技から少し距離を置いたことで…
【冨田せな選手】
「シーズン休んで、競技復帰するか悩んだ時期もあったが、普段大会で転戦しているときではできないことをたくさんやらせていただいて、よりスノーボードの楽しさや自分が好きなんだなという気持ちが再確認できた」
■3度目のオリンピックへ意気込み「良い滑りで恩返しを」
そして、今回メダリストとして3度目のオリンピックへ挑むことに。
【冨田せな選手】
「前回メダルを取ったからといって、自分にプレッシャーをかけるのもあまり。プレッシャーに弱い部分もあるので」
ただ、この4年間で気持ちの切り替え方などメンタル面でも成長したと話す冨田選手。
【中学時代の恩師 寺島佳子 先生】
「控えめな生徒だった」
中学時代の恩師は中学生活の中でも競技のことを意識していたと話します。
【中学時代の恩師 寺島佳子 先生】
「(修学旅行のとき)まだ新型コロナなんていう時代じゃなかったけど、マスクをしていた。自分の体調管理に気をつけていて立派だなと思うこともあった」
そうした小さな努力を積み重ね、日本を代表するスノーボーダーになった冨田選手を地元・妙高市も全力で応援。
2月4日は父・達也さんに応援メッセージが書かれた国旗が手渡されました。
【冨田選手の父・達也さん】
「今回は現地に応援に行くので、その時に今いただいた旗を、少しでもせなに応援が届くようにしたいと思う」
家族・地元など多くの人の応援を背に挑む3度目のオリンピック。追い求めてきた自らの滑りで恩返しをすると誓います。
【冨田せな選手】
「私はずっと男らしい、かっこいい勢いのある滑りをしたいと思っているので、高さやスタイルなどを見てもらえたらうれしい。3回目にもなるので、たくさんの方に今までお世話になってきている。しっかり良い滑りをして、少しでも恩返しできたらいいなと思っている」
イタリアの空を誰よりも高く…冨田選手の勝負のときが迫っています。