経営不振で事業を停止していた秋田・能代市唯一の酒蔵「喜久水酒造」が2026年、2年ぶりに酒造りを再開した。明治時代から150年にわたり地域に寄り添ってきた老舗の酒蔵を守ろうと、杜氏、地元企業、市民が力を合わせた。数々の銘酒を生み出してきた地域の財産を未来へつなぐための、静かで力強い再生の物語が動き出している。
能代市唯一の酒蔵が止まった日
能代市万町にある老舗酒蔵「喜久水酒造」は、1875(明治8)年に創業した。
『喜三郎の酒』や『能代』などの銘柄で知られ、旧国鉄時代の鶴形トンネル跡を地下貯蔵庫として活用するなど、能代の風土を生かした酒造りで長く愛されてきた。
特に幻の酒米「亀の尾」を使った純米吟醸酒『亀の舞』は、全国的にも珍しい存在だ。
しかし、日本酒離れや原材料価格の高騰、そしてコロナ禍による売り上げの激減が重なり、2024年11月、ついに事業を停止することになった。
杜氏の平澤喜一郎さん(51)は「心が折れた部分があった。つらいことや大変なこと、乗り越えられなかった弱さがあった」と胸の内を明かす。
能代市唯一の酒蔵が止まったという知らせは、市民や日本酒愛好家に大きな衝撃を与えた。「残してほしい」という声が相次ぎ、存続を求める動きが広がった。
地域企業の支援が灯した再生の光
事業継続の道を模索する中で、平澤さんたちに手を差し伸べたのが、同じ能代市万町発祥の「中田建設」だった。
中田光専務は「地域にとって酒蔵は大きな価値であり財産。『何とかならないのか』という市民の声を受け、力になりたいと思った」と語る。
中田建設は、酒造りに必要な資金の協力や販路の開拓など、惜しみない支援を申し出た。地域に根ざした企業同士のつながりが、酒蔵再生への大きな後押しとなった。
再開の知らせを聞きつけた市民たちも蔵に集まり、操業を止めていた酒蔵の清掃や片付け作業に汗を流した。多くは酒造りに関わるのが初めてだが、「喜久水を残したい」という思いは同じだ。
8000本の酒が語る150年の歴史
酒造りの準備を進める一方で、平澤さんは2024年までに製造した日本酒の販売を続けている。
鶴形トンネル跡の貯蔵庫には、約8000本の日本酒が眠っている。最後に従業員全員で仕込んだ2024年の酒や、20年ものの古酒も残されており、訪れるたびに喜久水の歴史が蘇る。
市内の酒店「酒のほさか」の店主・保坂廣樹さんは、「まさか喜久水が店を辞めるとは思わなかった。能代の代表の酒だから」と語り、再開を心待ちにしている。
喜久水酒造の販売の8割は市内向けだが、今後は全国、そして世界へと販路を広げることを目指している。
2026年春、再び酒が生まれる蔵へ
「応援してくれる人が多いので、その人たちに報いるように頑張りたい。まずはうまい酒を造る。それが一番の目標」と平澤さんは語る。
2026年春、能代が誇る喜久水の酒が再び世に出る。杯を交わす人々の笑顔を思い浮かべながら、平澤さんたちはきょうも蔵の再生に向けて歩みを進めている。
(秋田テレビ)
